第6話
病院から帰って疲れた俺はしばらく眠っていた。そのうちに月城さんが帰って来て晩御飯の用意ができたと呼ぶので、一階に下りる。
「おお、ハンバーグだ」
食卓に並ぶ大きなハンバーグに俺は目を輝かせる。引きこもってからハンバーグなんて食べた記憶がない。しかも月城さんの手作り。こんな幸せがあるだろうか。
俺は手を洗って椅子に座ると、夢中でハンバーグにかぶりついた。
「どうかしら?」
「美味いです!」
興奮気味に俺はそう答える。月城さんは嬉しそうに頬を緩めると、優しいまなざしで俺を見る。
「おかわりもあるからたくさん食べてね」
「ありがとうございます!」
俺は夢中になってハンバーグを頬張る。こんなに食欲が湧いたのはいつ以来だろうか。双極性障害の疑いがあると言われ、少し気が楽になったことが影響しているのかもしれない。
俺はクズだとずっと思って来た。何にも頑張ることができない、情けない奴だと、ずっとそう自分を傷つけてきた。だが、それがもし病気のせいなのだとしたら、少しは救われる気がする。
ハンバーグをたいらげて、満腹になった俺はその場で大の字になって寝転んだ。
「そのままじゃ頭痛いでしょ」
月城さんはそう言うと、俺の頭を膝の上に乗せた。膝枕だ。
「このまま耳かきもしちゃいましょうか」
そう言うと、月城さんは俺の頭を横に向け、耳かきで俺の耳の穴をいじる。
人に耳かきをやってもらうのって初めての経験だけど、思っていたより数倍心地いい。
「ん……おっきなの取れたわ」
思えば耳掃除もろくにしていなかったから俺の耳は相当汚いだろうなと思う。それでも、月城さんは嫌がる素振りを一切見せず、楽しそうに耳垢と格闘している。
「ふーっ……」
「うおっ……」
耳に吐息を吹きかけられ、俺は思わず身悶える。
やばい。これ最高過ぎる。
よくネットでASMRの耳かき動画とかあるけど、実際にやってもらうとこんなにやばいのか。
幸せな心地で俺は月城さんに身を任せる。
月城さんは楽しそうに耳かきを続け、反対側の耳に移った。
「幸せ過ぎる」
「ふふ、目がとろんってなってるわよ」
夢見心地で俺は膝枕と耳かきを堪能する。
「はい、綺麗になったわ」
耳かきを終えた月城さんが軽く俺の頭を叩いた。
俺は頭を上げると、体を起こした。めちゃくちゃ耳がすっきりしている。月城さんの可愛い声がよく聞こえる。
「ありがとうございます。めっちゃ気持ち良かったです」
「ふふ、またやってあげるわね」
こんなのお金を払ってでも何度でもお願いしたい。
月城さんといるとますますダメ人間になっていく気がする。
だけど、甘えてしまう。月城さんは猛毒だ。俺の脳をとろけさせてダメにする猛毒。
お風呂に入れば背中を流してくれるし、夜は隣で一緒に寝てくれる。
とても仕事の範疇を越えていると思うが、俺はそれを口にできない。
なぜなら早くもこの生活に染まりつつあるからだ。
というか、俺は月城さんのことを好きになりつつあった。
こんなに優しくされたら誰だって好きになってしまうだろう。
だが、こんな俺じゃ振り向いてもらえないのはわかっている。
俺も変わらなければならない。病気を克服したら、月城さんに告白しよう。
病気と闘う目的がはっきりしたことで、俺の心は明るくなっていた。
「月城さん、俺頑張ります。頑張って病気と付き合っていく方法を探します」
俺がそう宣言すると、月城さんは慈愛の笑みを浮かべる。
「無理はしなくてもいいのよ。大丈夫。ゆっくりやっていけばいいから」
優しい。こんなことを言ってくれる人が、俺の隣にいるなんて。
その幸せを噛みしめつつ、俺は力強く頷いた。
月城さんはそんな俺を見て、目を細める。
「でも、前を向くのはいいことね。頑張ってね。私も全力で応援するわ」
それだけで俺のやる気はマックスになった。
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