第3話

 お風呂を上がると、月城さんがバスタオで俺の体を包んだ。優しい手つきで水滴を拭き取っていく。

 体が渇くと、今度はドライヤーを取り出した。


「さあ、ここに寝転がって」


 そう言って膝の上を示す。

 まさかの膝枕ですか。そんな癒されること俺がされていいの!?

 困惑する俺を置いて、月城さんは膝の上をぽんぽんと叩いた。俺はそれに誘われるように頭を乗せる。


「それじゃ、頭を乾かすわね」


 そう言ってドライヤーのスイッチを入れる。温風が放たれ、髪を靡かせる。月城さんは手で髪を梳くと、頭を撫でてくれる。

 あかん。これめっちゃ癒される。今まで誰かにこんなに優しくされたことはない。俺は月城さんのことがだんだんと天使に見えてきた。金髪の天使。翼が生えていたら本物の天使様だっただろう。

 幸せ過ぎてだんだんと瞼が重くなってくる。その心地よさに身を任せ、俺は意識を手放した。


 どれぐらい眠っていたのだろう。月城さんは膝の上で俺の頭を撫で続けていた。


「すみません」


 俺は咄嗟に体を起こし、月城さんから離れる。


「あら、いいのに」


 くすりと笑う月城さんの笑みに、俺は思わずどきりとする。

 可愛い。こんな可愛い美人さんが、俺の世話を焼いてくれるなんて。親父グッジョブ。


「どうする、一緒に寝る?」


 月城さんがそう提案してくる。俺は即答で頷いていた。

 歯磨きを済ませ、自室に移動すると、ベッドの上に月城さんが座る。俺は緊張しながらその隣に座った。凄くいい匂いがする。お風呂狩りの少し湿った月城さんの髪から、甘いシャンプーの匂いが漂ってきていた。

 俺は心臓が高鳴るのを感じながら、月城さんの方を見た。

 月城さんは薄く微笑んで俺を見つめていた。その笑顔に再びどきりとしながら俺は聞いた。


「俺のこと、気持ち悪くないんですか」


 それは長年引きこもってきた弊害だった。ずっと俺は気持ち悪いと言われ続けてきた。俺は人と接するのが怖い。本当に気持ち悪いと思われているんじゃないかとか、嫌われているんじゃないかとか、そんなことばかり考えてしまう。

 だからきっと、仕事だから俺に接しているだけで、月城さんも内心では俺のことを気持ち悪いと思っているんじゃないかって思ってしまう。


「先に言っておくね。私、義春さんから新人くんのこれまでのこと聞いてるの」


 そうだったのか。俺のことを勝手に話されているというはいい気はしなかったが、理解してもらえていると思うと少し気が楽になった。自分でこれまでのことを話さなくていいのなら、かなりましだった。


「それで許せないって思ったの。人を簡単に傷つける人たちのことが。本当は新人くんにだっていいところがいっぱいあるはずなのに、その人たちのせいで自信を失くしてしまった。私は新人くんにもう一度自信を取り戻してほしい。その為にできることだったらなんだってやるわ」


 そういうと月城さんは俺の頭を抱いた。柔らかな母性が、俺を包み込む。


「だからゆっくりでいい。私を信じてね」


 その優しい声音に、俺は涙がこぼれた。俺の過去を知りながら、俺を突き放さず受け入れてくれる。こんな優しい人がこの世に存在するんだ。そう思うと、救われたような気持になった。


「今日はもう寝ましょう。今はゆっくり休んで」


 そう言って月城さんは俺をベッドに横にならせる。月城さんに抱きしめられながら、俺はどんどんと体の力が抜けていくのを感じた。


「月城さん、俺、ちょっとずつできることを増やしていこうと思うんだ」


 気付けばまどろみながらそんなことを呟いていた。


「うん、いいと思うわ」

「今は引きこもりのダメ人間だけど、ちょっとずつ前を向きたい。それで、俺が立ち直ったらさ」


 俺はほとんど眠りに落ちながらそう言った。


「俺と……」


 ほとんど意識を手放しながら俺は半覚醒のような状態で寝息を立てていた。

 その時、月城さんが少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、そっと呟いたような気がした。


「待ってる」


 それを最後に俺は意識を手放した。


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