第2話

「これで部屋は片付きましたね」


 月城さんが額の汗を拭って微笑む。

 あんなに散らかっていた部屋が、一気に綺麗な空間へと化けた。


「そうだ。自己紹介しましょうか。これから一緒に暮らしていくわけですし」


 月城さんはそう言うと、、胸に手を当て微笑んだ。


「私は月城陽菜。二十歳です。好きなことは誰かを全力で甘やかすことです。よろしくね」


 そう言ってウインクしてくる月城さん。 

 俺はどぎまぎしながらその輝く表情を見つめる。


「お、俺は倉井新人。見ての通りニートやってる十八歳です。好きなものはゲームとかです」

「へえ、新人くんゲーム好きなんだ。どんなのやるの」

「格ゲーとかかな」

「じゃあ、一緒にやろう。私に教えて」


 そう言われ、俺はゲーム機の電源を入れる。テレビに流行っている大乱闘ゲームが起動する。

 やり方をレクチャーし、月城さんにコントローラーを握らせる。

 いい匂い。操作方法を教えるのに月城さんに接近したら、すごくいい匂いがした。それだけで童貞の俺はむらむらして息子が元気になってしまった。

 俺は操作方法を教え終えると、好きなキャラを選ぶ。最初だし、手加減できるキャラを選んだ。

 月城さんは「この子可愛い」と言ってマスコットキャラを選ぶ。

 対戦が始まった。

 俺は一気に距離を詰めると、コンボを決め、月城さんの操作するキャラを吹っ飛ばす。あっという間に死んだ月城さんは「すごーい」と言って感嘆の声を上げた。


「すごいすごい、今のどうやったの?」

「今のはコンボってやつで、練習したら月城さんもできるようになるよ」

「教えて教えて」


 目を輝かせながらにじり寄ってくる月城さんに赤面しながら、俺はコンボを教える。


「わかった、やってみる」


 そう言うと月城さんは俺の操作するキャラにコンボを叩き込んだ。

 俺のキャラは吹っ飛び、死亡する。


「やった、できた!」


 子供のようにはしゃぎながら、喜ぶ月城さん。可愛い人だなと思う。

 それからそのまま対戦ゲームを楽しんだ。手加減する俺にぼこぼこにされながら、月城さんがめげずに立ち向かってくる。気付けば夕方になっていた。月城さんは我に返ると「えへへ」と頭を掻いた。


「ごめん、ゲームに熱中しすぎちゃった。おもしろいね、このゲーム」

「楽しめたのなら良かった」

「またやってくれる?」


 そう甘えるような視線を送ってくる月城さんに、俺は頷くことしかできない。

 月城さんは満足そうに微笑むと、立ち上がる。


「それじゃ私、お風呂の用意してくるね。新人くん、あんまりお風呂入ってないでしょ」


 そう言われて俺は初めて自分が三日ほど風呂に入っていないことに気付く。まさか凄く臭っていたのでは。途端に恥ずかしくなり、俺は月城さんに頭を下げる。


「すみません、臭かったですよね」


 そう言うと月城さんはかぶりを振った。


「ううん、いい匂いだった。私、匂いフェチなの。新人くんの匂い、私好き」


 少々変態的なことを言いながら、月城さんは微笑んだ。何を言っても肯定してくれる。こんな幸せがあっていいのだろうか。俺は今まで他人に否定される経験しかしてきていない。だから、こんなにも肯定されると疑念を抱きたくなってしまう。この人は無理をしているんじゃないかとか、金の為だとか。いや、それでもこんなに優しい人となら一緒にいたいって思うけど。

 月城さんはお風呂掃除に向かった。

 俺は部屋で呆然と立ち尽くす。突然のことでまだ思考が追い付いていない。親父はどうやってあんな美人を雇ったのだろうか。

 久々に他人と話した俺は、顎のあたりが筋肉痛になっていた。声を発したのも一年ぶりとかだからな。

 しばらくするとお風呂が沸いたと一階から呼ばれ、俺は階段を下りる。


「それじゃ一緒に入ろっか」

「え!?」


 月城さんが服を脱ぐと、下に水着を着ていた。露わになった艶めかしい肢体に目のやり場に困る。すると、月城さんは俺の頭を撫でると、微笑んで言った。


「水着だし、そんなに照れなくてもいいんだよ。好きなところを見て」


 そんな風に言われてしまうと、その膨らんだ果実に目がいくわけで。男の性というやつだ。月城さんは微笑むと、俺の服を脱がせてくれる。


「新人くんって痩せたらきっとかっこいいよね。そんな顔立ちだし」


 そんなことを言われたのは初めてだった。ずっとデブだとか不細工だとか言われてきたから。自己肯定感を爆上げしてくれる月城さんに、俺は穏やかな気持ちになる。


「それじゃ入ろうか」


 一緒に浴室へ入る。

 月城さんんはシャワーのお湯を出すと手で温度を確かめる。


「おいで。頭流してあげる」


 そう言うと俺を椅子に座らせ、頭にシャワーを浴びせてくる。月城さんのきめの細やかな手で髪を梳かれ、めちゃくちゃ心地よい時間が流れる。


「気持ちいい」

「お風呂って気持ちいでしょ。これからはちゃんと入ろうね」

「月城さんが一緒に入ってくれるなら」

「もちろん」


 ああ、幸せだ。俺が何をしなくても、月城さんが勝手に髪を洗ってくれる。シャンプーで頭をわしゃわしゃし、丁寧に揉み解してくれる。というか、プロの人の手際だった。正直めちゃくちゃ気持ちいい。

 頭をシャワーで流すと、タオルを頭に巻いてくれる。

 それから石鹸を泡立たせ、素手で背中を洗い流してくれる。気持ち良すぎる。

 俺は幸せな心持ちになりながら、深く息を吐く。

 

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