第4話

 カーテンからうっすらと漏れる明かりが、俺の眠りを妨げる。俺はゆっくりと瞼を開けるとスマホの時間を確認する。


「十二時か」


 今日もまた十二時まで寝てしまった。決して夜更かしをしているわけではない。それなのにこんな時間まで寝てしまうのは、最早体に異常があるとしか考えられなかった。

 隣を見ても誰もいない。月城さんが来たことは夢だったんじゃないかとさえ思ってしまう。

 俺はゆっくりと体を起こし、ベッドから降りる。

 そのまま部屋を出て一階に下りると、美味しそうな匂いが立ち込めていた。


「あ、おはよう新人くん。ごはんもうすぐできるから待っててね」


 月城さんがエプロン姿で、料理を作っているところだった。その姿を目にした瞬間、俺は反射的に涙が零れた。


「あれ、どうして泣いてるの、新人くん」


 月城さんが心配そうによってくる。俺はそれを手で制しながら、「大丈夫です」と短く答えた。

 嬉しかったのだ。月城さんが来たことが夢じゃなかったというのが、嬉しくてたまらない。

 世の中にこんな優しい女性がいるだなんて、まだまだ世の中も捨てたもんじゃないなと思った。


「お昼は食べて元気出そ」

「はい、ありがとうございます」


 そういってテーブルにごはんが並ぶ。焼き魚に、豆腐の入ったお味噌汁。納豆に白米というまるで朝食のようなメニューだった。


「新人くんにとっては今が朝食でしょ」


 月城さんの言う通りだ。今起きてきたのだから、俺にとっては朝食だ。

 俺はテーブルにつきながら箸を手に取ると、ごはんを食べ始める。

 

「温かい」


 やはり俺は月城さんの作る手料理が好きだった。とても温かみのある、優しい味つけ。食べると幸せな気持ちになるこの味が俺は大好きだった。


「それにしても、よく材料ありましたね」

「朝からスーパーに行って買ってきたの」

「それはなんかすみません」

「いいのよ。これぐらい。私は新人くんがそうやって美味しそうにごはんを食べてくれるのが幸せよ」


 なんて優しい言葉だろう。俺は再び涙が零れそうになる。


「そうだ。今日の夕方だけど、病院に行ってみましょう」

「病院ですか」


 不意にそう告げられ、俺は多少パニックになる。


「そう。新人くんはきっと心の病にかかってる。だから精神科で診てもらうほうがいいと思うの」


 病院は抵抗がある。精神科なんて精神のおかしいやつが行くところじゃないかという偏見がある。自分はおかしくないと認めたくない気持ちが強い。

 だが、月城さんが心配してそう言ってくれているというのはわかる。俺もこのままでいいはずがないし、なんとか改善させたい。

 俺は病院に行くことを決意した。


「わかりました。月城さんが一緒に来てくれるなら行きます」


 俺にとって外は一年振りだった。これまで食事はネットで注文したカップ麺ばかりだったし、外に出るのが億劫だった。怖さもある。正直一年も外に出ていないのだ。髪は伸び放題だし、見た目も汚らしい。こんな俺が外に出るなんてできるのだろうかと正直思う。

 でも月城さんがついてきてくれるなら、俺はなんとかがんばれそうな気がする。


「病院に行く前に髪を切りましょうか。私が切ってあげるわ」

「いいんですか」

「お安い御用よ」


 そう言って胸をトンと叩く月城さん。本当にこの人は頼もしい。この人と一緒にいれば、なんだってできる気がする。

 俺は食事を続け、綺麗に完食してみせた。

 その様子を見て、嬉しそうにする月城さんを見て、俺まで嬉しくなってくる。


「洗い物は私がやっておくから、新人くんはテレビでも見てて」

「わかりました」


 そう言って俺はテレビをつける。と言っても、この時間は特におもしろい番組がやっているわけじゃない。昼ドラをぼーっと眺めていると、月城さんに肩を叩かれた。


「それじゃ髪、切りましょうか」


 優しく微笑む月城さんに俺は素直に頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る