第4話 謝罪
「は?…………」
あの時、木村が潜り込んだストレッチャーは、もともとこのバチスタ手術の患者を運ぶ為に用意されていた物だったのだ。
それを、患者の顔をよく知らない看護士が、既にストレッチャーで眠っていた木村を患者と勘違いして、そのまま麻酔室まで運んでしまったのが全ての間違いの原因であった。
「ど~すんだよ…コレ…」
術後の処置室で、何も知らずに眠っている木村を見つめ、苦々しく呟く浅田。
幸いしてこの不祥事は、手術に立ち会った外部の人間にはまだ気付かれていなかった。
もし、外部にバレたら、病院自体の存在さえ危ぶまれる大不祥事に発展するのは確実であろう。
チーム・バチスタは、今後の対策について話し合った。
☆☆☆
「とりあえず、謝罪するしか無いでしょう。悪いのは我々病院側なんですから」
と、正論を述べる田中。
「しかし、『ごめんなさい』で済む話じゃないしな……」
「すっとぼけてその辺の通路にでも寝かして置くか」
「そりゃマズイ!手術痕だって残っているのに、後でバレたらそれこそ訴えられる!」
チーム・バチスタの間に重苦しい空気が漂う。
そして、暫くして浅田が呟いた。
「やっぱり、金で解決するしか無いか……」
結局、浅田の意見に皆が同調する事となり、浅田はチーム・バチスタの全員から金を集め、それをもとに木村と交渉を進めようという事になった。
話し合いの結果、用意する金額は三百万円。
(まぁ、後遺症の残る医療ミスでは無いし……この位が妥当なところか……)
まもなく麻酔が切れるであろう木村を待ちながら、交渉役の浅田は応接室で木村にするこの後の説明の文言を考えていた。
やがて、麻酔もすっかり抜け……木村が目を覚ました。
「いや~よく寝た!」
自分が眠っていた間に起こった事など何も知らない木村は、呑気に両手を上に上げて伸びをする。
「あの……木村さん?」
いつの間にか側に立っていた内科医の山下に少し驚く木村。
「あっ、すいません! 俺、勝手にこんな所で眠ってしまって」
「いやいや、どうかお気になさらずに!……ところで木村さん。ちょっとお話ししたい事があるんですが……」
「はぁ……何でしょうか?」
☆☆☆
「何ですって!!」
応接室で浅田から、これまでのいきさつを聞くと、思った通りのリアクションを見せる木村。
(そりゃ驚くよな……ヘタすりゃあん時に死んでたかもしれなかったし……)
さすがにクシャミで死にかけた件を浅田が話す事は無かったが、それでも木村にとってはかなりショッキングな話だった事は確実である。
浅田は、なるべく木村を刺激しないように誠心誠意謝罪の言葉を述べた。
「本当に木村さんには申し訳ない事をしました。私共としては、今回のオペに関する木村さんの健康状態について、万全の保障をすると共に、出来うる限りの誠意を見せたいと思っています!」
「誠意?」
『誠意』という言葉を聞いて、木村の口元がわずかに弛んだのを見た浅田は、何ともいえない嫌な予感がした。
「誠意というと?」
気のせいか、木村の態度が急に大きくなったように感じる。
(三百で納得するかな?……コイツ……)
三百万というのは、あくまでチーム内で了解を取った金額である。そして、既に銀行が閉まっていた為に今この場所には現金は無い。
浅田は、少し不安になりながら、右手の三本の指を伸ばしてテーブルの上に差し出した。
「我々の相場としましては、この位が妥当かと……」
浅田の心配は的中した。
「はぁ?……それが誠意?」
木村のなんとも失望したような声に、焦る浅田。
(おいおい、まさかケタが違うなんて言うんじゃ無いだろうな……)
「それでは納得出来ないと?」
浅田の質問に木村は、まわりくどい言い方でこう答えた。
「ここ、病院ですよね。しかも、ここいら辺じゃ一番デカイ『大学病院』だ!」
(…だからもっと出せと言うのか?)
「そして、アンタ達は俺の体にメスを入れ、手術をした!しかも、この心臓にだ!」
木村は一体、何が言いたいのだろうか?……そのまわりくどい口ぶりに、浅田は以前、誰かに聞いた事のある話を思い出していた。
『いいかい、浅田。
例えば、暴力団なんかが医療ミスに絡んできた場合……奴らは、決して金をよこせなんてハッキリとは言わない。
そんな事を言えば恐喝という立派な犯罪になる事を知っているからだ。
…その代わりに、こちらの弱みをまわりくどい口ぶりでネチネチと突いて来るんだよ』
(まさか、この木村って男は………)
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