第3話 新・バチスタ術式

 やがて、オペ室の『手術中』の赤いランプが点灯した。


二階の見学室には原口教授の他、理事長や他の大学病院の教授達…それに医学雑誌のメディアが見守る中、いよいよバチスタ手術が開始された。


左右の掌を顔の横に広げ、浅田が宣言をする。


「只今より、心筋肥大症における変異部分切除~『術式バチスタ』のオペを開始する。……尚、このオペは『オン・ビート』にて行う!」


「オン・ビートだって?!」


浅田が発した最後の一言に、オペ室のスタッフ、そして二階席の一同は驚愕した!


オン・ビートとは、心臓を動かした状態でオペをする事である。


ただでさえ繊細で難しい心臓のオペを、心臓が動いたままで果たして上手く行くのだろうか?


(浅田の奴、調子に乗りやがって!)


二階の原口教授が、苦虫を噛み潰したような表情で額の汗を拭う。


「では、早速開胸を始める!」


さすがに『天才』浅田と呼ばれるだけの事はある。そのメスさばきの鮮やかさには目を見張るものがあった。


あっという間に開胸を終え、目の前にはクランケの波打つ心臓が露わになる。


「ん?」


浅田は思わずその心臓に顔を近づけた。そして、首を傾げる。


(これ、本当に心筋肥大症か?

……何かあまり大きくない気がするけどな……)


気を取り直して浅田は、次のステップへと進んだ。助手を努める後輩の田中に、クランケの心臓を触らせる。


「今回のオペを『オン・ビート』にしたのには訳がある。動いている心筋を触る事により、変異部分の特定がし易いという利点があるんだ。田中、これならお前にだって変異部分が判るだろう?」


しかし、心筋を触りながら、田中は難しい顔をして首を横に振った。


「いえ……僕にはどこが変異部分なのかさっぱり……」


「ハハハまだお前には無理か。よし、俺が代わろう」


そう言って、田中に代わり心筋に手を添える浅田だったが、暫くしてその浅田の顔に焦りの色が見え始めた。


(あれ? なんだこれ、全然わからねぇよ……)


イメージトレーニングの時とはまるで違う。まったく予想以上の難しさである。


そして、一体どこを切れば良いのかメスを持ったまま固まる浅田に、更なる試練が襲いかかった!








「ヘックショイ!」








「あ………」








その瞬間。チームバチスタ全員の驚いた目が、クランケの心臓に集中した。


(ヤベッ……まったく違うところ切っちまったぞ!)


「そこですかっ! そこが変異部分なんですかっ! 浅田センセイ!」


興奮した田中が、両手をバタつかせて喚き散らした。


誤って浅田が切った心臓の部分からは、勢いよく鮮血が飛び散る。


「クソッ!」


メスを放り出し、慌てて傷口を手で押さえる浅田。


「何してる田中! 早く縫え!」


「ええええ~~っ! 僕がやるんですかぁぁああ~!?」


「そうだよっ! お前助手だろっ!」


「だって血があぁぁっ! 血がこんなにいぃぃっ!」


パニックになり半泣きの田中。


「泣くなよっ! 早くしねぇとクランケが死んじまうだろ!」


「浅田先生! クランケの脈拍、下がってます!」


「うわぁぁぁああっ!」


「頼むから落ち着け! 田中!」


これではまるで救命救急である。


しかし、この浅田の致命的なミスがこの後更なる奇跡を生む事となるのだった。




 ☆☆☆    



「ハァ……」




    「ハァ……」




「ハァ……」



傷口を縫合し、何とか最悪の事態だけは防いだが、落ち着いてその部分をよく見ると、それはなんともお粗末な仕上がりであった。


「なんだよ田中……これ、心筋が中に折り込まれちまってるじゃねぇか……下手くそな縫合だな!」


心筋の“縫いしろ”があまりに広すぎる為に、重なり合った心筋が中に埋まるように折り込まれてしまっている。


「え~~え~~! どうせ僕は下手くそですよ! 浅田センセイみたいには上手く出来ません!」


自分の施した縫合を馬鹿にされ、すねる田中。


しかし、浅田はそんな田中の肩をポンと叩いて、にっこりと微笑むのだった。


「だが、それがいい!」


「アンタは前田慶次かっ!」


「見ろ田中お前の不細工な縫合のおかげで、。これなら、心筋の変異部分を切除する必要は無いって訳だ」


「えっ?………」


偶然が生んだ奇跡。この瞬間、チーム・バチスタは日本医学界に新たなる躍進の一歩を刻む事となった!


その名も【新・バチスタ術式】


「なんという画期的な術式なんだ!」


「素晴らしい!」


「ブラボ――ッ!」


沸き上がる二階の見学室。その全ての人間がチーム・バチスタの快挙に立ち上がり、彼等の為に惜しみない拍手を送った。


手術は無事成功。浅田のクシャミによるミスもこれで帳消しである。



と、言いたいところだが……


実は、このバチスタ手術。のである。


その事に最初に気付いたのは、術後のケアの為にオペ室に入っていた、内科医の山下であった。


山下は、クランケの顔を見ると首を傾げてこう言った。


「あれ?……この人。確か、じゃないのか?」



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