第2話 浅田 大輔
「それで、木村さん。今日はどうしました?」
「え~と……診断書を書いて貰おうと思いまして……」
「ああ~診断書ですか。…それで、どこが悪いんですか?木村さん」
「え~と、そうですね……出来れば、心臓あたりが悪いと有り難いんですがね」
「……は?」
怪訝な顔をする受付の様子に気付き、慌てて言い直す木村。
「いやっ! あの……何でも無いです! 健康診断をやって頂けたらなぁ~なんて思いまして」
「ああ、健康診断ですか。……それでしたら、まずこちらの用紙にお名前と……」
受付を済ましてから、改めて自分の愚かさに気付く木村。
(今更、健康診断なんかやってどうしようってんだよ…俺……)
とっさの思い付きで適当な事を言ってその場を誤魔化してみたものの、健康診断なんてしたところで今の状況は何も変わらない。せめて、どこか悪い所が見つかれば……なんて薄い希望を抱きつつ、待合室で悶々として順番を待つ木村であった。
☆☆☆
「木村さん。すべての結果が出るまでは約一週間程かかりますが、見たところ全く悪い所は無いですよ。良かったですね」
健康診断を終えて、満面の笑顔で木村の健康を保証する内科医の山下。
「先生、そこをなんとか! 何かあるでしょう! 何か!」
「いや、全くもって健康そのもの! これだけ健康な人も珍しいよ」
山下に太鼓判を押され、すっかり元気を無くす木村。
健康診断の為の白いガウンを着たまま、診察室をフラフラと出て行くその姿を知らない人が見たら、まるでガンを告知された患者のようだ。
(ああ~! これで冬のボーナス査定は最低ランク間違いなしだぁ……)
夢も希望も無くなった木村には、ただ疲労感のみが残るばかりだった。
今はただ、何も考えずに眠りたい。
木村は、ガウンを着替える事もせずに、通路に無造作に置いてあったストレッチャーにゴロンと横になると、そのままいつの間にか眠りについてしまった。
☆☆☆
名林大学総合病院……
高い技術と設備を持つ事で全国的にも名高いこの大学病院では、この日、日本の医学界の歴史に名を刻む重要なオペが行われようとしていた。
『日本初のバチスタ式心臓外科手術』
バチスタとは、心筋肥大症に対する心臓外科手術の術式の一つであり、心筋の変異部分を切り取る事により、通常より肥大した心臓の大きさを小さくするというものである。しかし、言葉で言うのは簡単だが、この術式には大変高いオペ技術と変異部分を見分ける分析能力が必要となり、この術式が行える技術を持つ心臓外科医は国内では極わずかしかいない。
それが、今回この名林大学総合病院で行われる事となったのだ。
全国医師会の重鎮達を見学に招いて、この超難解なオペを手掛けるのは……
名林大学総合病院きっての天才心臓外科医
『浅田大輔』率いる
チーム・バチスタである。
薄暗い部屋で一人、オペ前のイメージトレーニングをする浅田。
その浅田に対して、無神経に声を掛けて来たのは心臓外科教授の原口であった。
「浅田君、今日のオペには我が心臓外科の威信が懸かっているんだ。
どうか、私に恥をかかせないでくれたまえよ!」
浅田は、原口の顔を見る事もなく答えた。
「俺は別にアンタの為にオペする訳じゃ無いんで……まぁ、これが成功すれば結果的には同じ事なんですけどね」
「結構、結構。それで構わんよ。とにかく、オペを成功さえしてくれればね」
そう言い残すと、原口は不敵な笑みを見せ、去って行った。
「チッ!……あのタヌキが……」
根回しと要領の良さで人脈を広め、教授にまで登りつめた原口を浅田はあまり好きでは無かったが、今回のオペを引き受けたのはそれが超難解なやりがいのあるオペだったからである。
浅田という男は、そういう男だ。
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