エンディング1•迷宮開拓業務、作戦名”しょうがないから、受けてやる”(1)

 迷宮開拓の黎明。まだ、誰も何も知らなかった。そんな時代を生き残った、最初の探索者たち。

 アルファチーム。

 人間以上、ばけもの未満。

 彼らは、ただ前へと進む。

 決して、立ち止まらない。恐れない。諦めない。

 骸を階段に。亡骸を足掛かりに。踏み躙って突き進む。

「あはは」

「くはは」

「ぎゃはは」

「くすくす」

「ふふふ」

「ひひひ」

 あぁ、ひとりだけ。例外がいたな。

 探索者という、ばけものじみた群の中にいる、探索者という職業の人間が。

 佐山直江は変わらない。

 無垢な幼年期。複雑な思春期を超えて、ひとつの人間として成熟してなお。

 佐山直江は変わらない。

「相変わらず、笑い方キモいなお前たち」

 佐山直江は人間である。

 迷宮より何も与えられず、迷宮に何も求めず。そして人のまま人外につま先を踏み入れた者。

 佐山直江。職業、探索者。

「サヤマ君さぁ、その言葉。そっくりそのまま返してやる」

 最高到達点更新中、人類神秘“ジョン“は彼を笑う。

 頂点から見下ろして。

「佐山は相変わらずだねぇ」

 異界の神性得たりて、尚足りず。絶賛進化“チョウ“は彼を笑う。

 外様から見据えて。

「サヤマよぉ、いい加減こっちこいよ」

 人が人のまま、人が人を超える。限界踏破“ベルナール“は彼を笑う。

 平行線から睨み付けて。

「佐山サン。キモいはちょっと傷つきマス」

 神羅の支配者、虚構神性“ソフィア“が彼を笑う。

 世界の隅から覗き込んで。

「ナオエ、不敬ですよ」

 蒐集編纂、歴史捏造“ディビット“が彼を笑う。

 ページを閉じて、見定めて。

「ナオっち、それって俗に言うブーメランですよ?」

 神話攻略者、信仰解釈“マリヤ“が彼を笑う。

 真正面から、じっと見つめて。

「はっ」

 彼が笑う。

「はは、うるせえよお前ら。キモすぎ。無駄口終わり。行くぞ、仕事を始めよう」

 佐山直江は止まらない、前進全身全霊“ナオエ“が彼らに笑う。

 決して辿り付かない。しかしその手の届く星々を見上げて。

 人類種の到達点達と、人間の到達点。似ているようで全く違う両者が肩を並べる。

「行くぞ、アルファチーム臨時再結成といこう。目標、先ずはてっぺんだ」

 今日の天気予報、快晴。雲ひとつない、素敵な一日になるでしょう。

 探索には、良い日だ。

 頂上からの景色もさぞ美しい事だろう。

 作戦名“しょうがないから、受けてやる“開始。

 今日、迷宮は思い知るだろう。

 誰に喧嘩を売ったのか、何に喧嘩を売ったのか。

 始めよう、探索を。

 佐山直江は、止まらない。




「オラァ! 無様だなァ! 御立派なデケエ羽もたいそうな槍もお飾りかァ!」

 未明で未知で未踏の領域。102階層。広がる草原と、青い空。白い雲。翼が優雅に舞い、翼が麗く歌う。特級探索者マリヤ命名、“神秘の茶会場“。

 人は遂に、迷宮全てを統べる覚悟を決めた。

 この最前線を行くのは、世界の英雄でも勇者でも人外でもない。

 職業、一級探索者。

 名を佐山直江。

 後光と翼を背に負った偉そうなばけものを殺して回る、暫定霊長類の異常者で常識者。

 美しいハミングは消え去り、聞き慣れた阿鼻叫喚と悲鳴が響き渡る。

 その発生源は、彼。翼を掴み、引きちぎり、飛び乗り、ねじ切り、殴り潰す。

 手先が器用でない彼は、鈍器を好んだ。今日もそう。手頃なリーチと適度な重さ。進み続けるには最適な、使いやすくて手に馴染む、便利な道具。

 荘厳な装飾も無い。特別な能力も付与されていない。だが、殺すには十分過ぎる性能と形状。

 世界屈指のゴルフクラブメーカーと、カーボン製造企業と、金属加工の町工場が手を組んで作り上げた、創り上げてしまったユニークウェポン。

 薄く圧延され形成された、アルミシャフトに最高品質のカーボンラッピング。美しく削り出されて、丁寧に手作業で研磨されたヘッド。スイートスポットは広めに調整され、素人でもそこそこ打てちゃう逸品。しなりは絶妙。打感も柔らかく、それでいて威力は抜群。グリップは国内ゴムメーカーの特注で、手によく馴染む。一流のメーカーが設計し、最高峰の機械によって鍛造され、生粋の職人によって仕上げられたそれ。市販化も検討されているそれは、メーカー希望価格は1,642,400円の高級品。

 7番アイアン。

 それが、六枚羽の神格を殴りつけて、叩き落とす。

「あははぁ、気分が良い! こんなもんかよクソ天使が!」

 遅れて落ちてくる佐山直江が、その勢いのまま天使の頭を殴り潰した。幾ばくかの痙攣ののち、それは動かなくなる。

「英雄ども! いつまで休んでんだ早く来いよ!」

 振り返り、両手を広げ、叫び喚く。

 佐山は今、ハイになっていた。

 人間の歴史、罪、業。殺し合いの頂点に君臨し続けた、殺戮種の血脈。

 生きることは殺すこと。共存などあり得ない。

 生存において、不快なものは全て殺す。

 そして、佐山直江は人間である。生粋の人間で、日本人である。

 日本には数多の神がいる。宗教も入り混じっている。排他的な癖に、文化面では寛容な彼らにとって、神は特別な存在じゃない。埃にだって、神は宿ると信じているのだから。

 無宗教者。推定、浄土真宗門徒。

 作法は倣う。それなりに尊重もする。死人を悼むツールとして、墓と仏壇は手頃で便利。

 その癖に、家には神棚もある。春には寺にも神社にも訪れる。無病息災を祈り、あわよくばお金持ちになりたいと鐘をゆする。

 坐禅も組んで、二礼二拍手もする。クリスマスもハロウィンも、イースターも。断食や礼拝は馴染みないが、それでも、害さえなければ受け入れる。

 だからだろう。

 自分を神と名乗るもどきを信じない。本物だったとしても、特に何も思わない。

 神性? 尊いな。で、それで?

 幼児化女体化男体化なんでも来い。純粋な信仰と冒涜とが両立する。

 また変なのがやってきた。神絵師にクリエイターよ、良い感じにデフォルメしてくれ。

 そんな感性に触れたのだ。奴らの神性にもはや尊厳はない。ただの消費されるコンテンツ。

 どうやら神は死んだらしい。

 彼の前で、生半可は神性は御守りにすらならない。

「次だぁ! クソ天使! ——抉り殺してやる」

「遅くなってすまないね、ナオエ。手伝おうか」

「遅えっすよ、ディビット。さっさと昇ってさっさと降らないといけないんですから」

 そんな感性に触れたのだ。敬虔な教徒だって、気紛れる。

「すまないね。跳ね回るのも疲れただろう、堕としてやるから殺してきてくれ。——マリヤ、手伝いなさい」

 聖書に出てきた信仰対象の似姿も、今では目障りな化け物にしか見えない。

「信仰解釈に手間取りました。それもそう。あれ、醜いもどきなんですから。解釈も何も無い。——始めます、手助けをディビットおじさま」

 敬虔な教徒は、信仰の侮辱を許さない。

 記録を参照し、記録を捏造するディビットと。信仰を解釈し、神格を解体するマリヤの相性は良い。

 敬虔な教徒で信徒な彼らは、偽物を許さない。

 迷宮のシステムは公平だ。

 天使もどきが擬似神格で霊長を侵すことを許すように、探索者が己の技能で神秘を犯すことを許してくれる。

「「神話再生、読破、解釈、解体。理解した。あれらは天使にあらず。ならば、空を飛ぶのは可笑しいだろう」」

 羽が力を失った。

 嘲りのもとに。

「さすがすげえな。特級は」

 幾ら力を込めて羽ばたこうとも、それらは二度と飛び回ることは出来ない。

 格付けは終わった。

 格下はただ、淘汰されるのみ。

 ゴルフクラブが地を走る。

 叩き潰して、走り回る。

「——ちょっと! 私も飛べないんデスけど!」

 迷宮は公平だ。

 だから、巻き添えも度々起こる。

「ダメそうだから、寝てるね。終わったら起こしてよ」

「サヤマ君、後先を考える癖をつけて欲しいものだね。ジジイには辛いよ」

「これ、俺も神秘範疇なのか? クソ身体重いんだけど」

 許容範囲。

「ジョンにチョウさん、ソフィアには後々死ぬ程働いてもらうんでね。まあゆっくりしてて下さいよ。ベルはさっさと手伝え」

 職業、探索者の人間が疾る。

 地に落ちた天使もどきの顔に浮かぶは恐怖。

 それもそうだ。

 自分たちは象。奴らは蟻。そう思っていたのだから。

 蟻が、象を殺している。

 佐山直江は止まらない。フルスイングを繰り返す。

 飛び散る汚物。響く破砕音。無敵だったはずの、下位とは言え神格たる自分達が呆気なく死んでいく。

「——死ねやクソ天使」

 ある天使は頭を。ある天使は腹を。打たれて殴られ、潰れて弾けて、死んでいく。

 翠の大地が赤く染まる。翠の大地が汚される。

 そして、その最奥。半透明の階段。頂上に続くそれを遂に、彼は視認した。

「——次だ、次はどいつだ。俺達は先に行く。邪魔する奴は殺す。目障りな奴も殺す」

 ハイになって大分おかしな人間が、最前線を突き進む。

 佐山直江は止まらない。

 

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