取調室 (二十三年前)
▼装飾品が一切ないガランとした部屋の中、竜一はパイプイスに座らされていた。
彼の腰には逃走防止用の縄がまかれ、手には鋼鉄製の手錠がかけられている。
窓が一つもないため部屋は薄暗く、人工の灯りが陰鬱とした雰囲気をさらに強調していた。薄汚れた白い壁には黄ばんだシミが点在している。
真ん中に置かれた灰色のデスクは簡素で無骨なものであり、上にはファイルやパソコン、小型のプリンターなどが置かれていた。
捜査官らしい目つきの悪い男が、デスクの上に数枚の写真を放り投げた。五、六人の男たちが血まみれになって倒れている様子が、そこにはハッキリと写しだされている。
「てめぇら山月会のしわざなのは調べがついてんだ」
捜査官はしびれを切らしたようにデスクを拳で叩くと、鋭い眼差しで竜一を睨みつけた。髪をオールバックにしたその姿は、一見するとどちらがヤクザか分からない。
「……」
竜一は無表情のまま、その写真を一瞥した。
「大物ぶって黙秘してんじゃねーぞタコ。手のうち全部見せるまでやめねーからな」
と捜査官は言い、手に持っていたファイルを机に叩きつけた。
竜一は手錠でつながれた手をひろげ、見せつけるようにヒラヒラと動かしてみせた。
「調子にのるなよ。この野郎!」
捜査官は竜一の頭をつかむと、グリグリと顔を机に押しつけた。
▽〈竜一 -360㎉〉
▼「おいおい、廊下の端まで聞こえてんぞ」
と、ベテラン風の捜査官が部屋に入ってきた。
「西郷さん」
抵抗する竜一をおさえつけ、地面にまで転がし終えたオールバックが、立ち上がって振り返った。
「昔はそういうやり方でも良かったけどな。今じゃ『不当な取り調べ』だなんて言われちまう」
西郷と呼ばれた捜査官は大きなお腹を揺らしながら、地面に倒れている竜一を助け起こした。
「こいつが悪いんスよ」
オールバックは不満そうだ。
「もういいから。お前は外で休んでこい!」
一喝されたオールバックが渋々取調室を出ていくと、西郷は竜一の手首を持ち上げじっと見た。皮がすりむけ赤くなっている。
カチリ
西郷はおもむろに鍵を取り出すと、竜一の手錠をはずしてくれた。
「悪いが腰縄はそのままだ」
人懐こい笑顔を浮かべながら、西郷は傷薬を投げて寄こした。
「おい、三島。お前なかなかキモが座ってやがるな。その若さで補佐を任されているだけのことはある」
「……」
「黙んなきゃなんねぇのもわかる。なんか言えば組に迷惑がかかるもんな。気持ちはすげぇわかるぜ」
西郷は身を乗り出して左手を開き、見せた。
小指と薬指には大きな竹刀ダコができている。
「俺ぁ長いこと剣道やってんだけどよ。そこの師範が元極道で格好いい人なんだわ。まさに豪放磊落・天衣無縫っていう感じよ」
西郷は、小指で耳をほじりながら目を細めた。
「一口にヤクザといっても色んな人間がいらぁな。こんなこと上の連中には聞かせらんねぇけど」
竜一は無言でじっと西郷の方を見た。
「お前の立場はわかる。でもな、俺だって仕事なんだ。立場上、聞かなきゃなんねぇこともある」
「……」
「組のためにスジを通しただけなんだろ? お前さんみたいのはそうじゃなきゃ動かねぇよな。それともなにかい? お前んとこのオヤジは、若衆に好き勝手されるようなボンクラなのかい?」
「……ちゃうわ」
「まぁいいや。ちょっとでも話す気になったらすぐ呼んでくれ。俺は隣の部屋に居るからよ」
西郷は竜一の肩をポンと叩くと、微笑んで部屋を出ていった。
▽〈竜一 +150㎉〉
▼入れ替わるようにオールバックが部屋に入って来た。
口にはタバコをくわえている。
「なに手錠はずしてんだ、コラ」
オールバックは眉を片方だけあげながら、竜一をにらみつけた。「ちょうどいいわ、身体検査するから服ぬいでカゴに入れろ」
そう言うと、オールバックはカゴを蹴とばした。
竜一は相手をにらみつけながら後ろを向くと、渋々シャツを脱いで上半身裸になった。
「ダセー紋々だな、おい!」
オールバックは吸っていたタバコの火を消すと、竜一の背中に向かって投げつけた。
▽〈竜一 -580㎉〉
▼その後も西郷とオールバックは、何度も入れ替わりながらアメとムチの捜査を続けたが、けっきょく竜一は何も話さず、完全黙秘をつらぬき通していった。
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