自宅の庭 (一年前)

▼太陽の光が庭を金色に染め上げ、花壇で忙しく飛び回るミツバチの羽音が心地よいリズムを奏でている。

 ローズ・ダリア・ラベンダーなどの花々が、日差しを浴びて一層の色鮮やかさを増している。

 大谷賢治・大谷凛・大谷蓮の三人はくつろぎながら、中心にあるバーベキュー用のコンロを見守っていた。炭火は燃え盛る橙色の炎を放ち、輝かしい日常の一コマを演出しているかのようだ。

 なかでも凛は、そこにいるだけで圧倒的な存在感を放っていた。

 猫のような大きな瞳、艶のあるサラサラな髪、長く均整の取れた手足、彼女の容姿はまるで彫刻のような完成度を誇っている。

「蓮、遊んでばかりいないで、肉をはこんできてくれないか。お母さんがキッチンで準備してるから」

 火の煙でむせながら大谷氏が息子に指示を出す。

 子犬とじゃれあっていた蓮は「りょうかい」と返事をして家の中に入っていった。

 

 広々としたリビングには大きな風景画が飾られており、青い空や白い砂浜が描かれた南国の景色が目をひいた。

 絵の下に置かれた水槽には、カラフルな小魚たちが泳いでいる。

 絵の上には灰色のエアコンが二台設置され、横に設置された棚にはたくさんの賞状やトロフィーが飾られていた。

「これ、お願いね」

 と奥から母の麗子夫人が大皿を持って現れた。足元のロボット掃除機をよけながら、危なげなく近づいてくる。皿の上には肉や野菜が切り分けられ、きれいに串刺しにされていた。

 大皿を受け取った蓮は再び庭に戻ると、キャンプ用のイスに腰かけ、鼻歌をうたいながら串刺し肉を焼きだした。

 パチパチ ジュジュー パチパチ

 料理の香りが周囲を満たす頃には、家族四人がそろって火を囲み、朗らかな話しが始まった。

「忙しいのは分かるけど、やっぱり蓮には家から大学に通って欲しかったわ。生物学者になるっていう目標は素晴らしいけど」と夫人がグラスを差し出しながら続けた。「お姉ちゃんもそう思うでしょ? 蓮が家にいるといい笑顔だもんね」

「突然なによ。私はいつもいい笑顔でしょ」   

 と凛は恥ずかしそうに笑いながら、グラスを受け取った。


 ポンッ 

 小気味のいい音とともに赤ワインのボトルが開けられる。

「あらまぁ、あなた。それって、とっておきだったんじゃない?」

 夫人が呆れた顔で言った。

「今日はお祝いだし、良いじゃないか」笑いながら大谷氏がワイングラスを持ち上げた。「蓮の大学院進学と、お姉ちゃんの躍進に乾杯!」

「お父さんの本部長昇進もね」

 と凛が付け加える。

「そうだな。ありがとう」

 大谷氏は真紅の液体を口にふくむと、美味そうに舌の上で転がしてから飲み込んだ。

「本部長昇進は、最年少での抜擢なんでしょ? 本当にすごいわ」

 凛がブルーチーズを差し出しながら言う。

「いやいや、世の中にはもっと凄い人がたくさんいるよ。いろんな会社の社長さんとも会うが、私なんて全くかなわない傑物が大勢いる」

 大谷氏は赤く濡れた口元をぬぐうと、微笑みながら首をふった。








▽〈大谷賢治  +70㎉〉








▼「私のことより今日の主役は二人だよ。春から蓮は博士課程だろ、数年後には我が家から博士の誕生だ。小さい頃は甘えん坊で仕方なかったが、努力すれば何者にでもなれるということを、蓮は証明してくれたよ」

 と、大谷氏は目を細めながら言った。

「博士号を取ると専門色が強くなるから、将来はかなり限定されてくるけどね。就職先は研究所くらいしかないよ」

 蓮は気のない素振りで、ピーマンと肉が刺さった串をかじる。

「でも、生物学者って部屋に閉じこもるだけじゃなく、森や島でのフィールドワークも多いんでしょ? ワイルドでかっこいいじゃない」

 夫人は蓮の肩をポンと叩きながら、アイスバケットからボトルを持ちあげた。








▽〈大谷蓮  +50㎉〉








▼「お姉ちゃんも頑張ってる。またファッション誌の表紙に出てただろ?」

 大谷氏はコンロから丁寧に焼いた椎茸をとり、そっと凛の皿へ盛り付けた。

「あれけっこう有名な雑誌なのよ、あなた」

「そうなのか。母さんもミスキャンパスに選ばれるほどの美人だったけど、お姉ちゃんはさらに凄いステージで活躍しているね」

 大谷氏に褒められた凛は「ううん」と小さくつぶやきながら、椎茸を小さく切って口に運んだ。                         








▽〈大谷麗子  +30㎉〉

〈大谷凛   +60㎉〉








▼「姉さんは足も長いし、顔も小さいし、モデルでも何でもバリバリやっていけるでしょ」

 と、蓮が肉を詰め込みながらそっけなく言った。

「ありがと。その点はお母さんに感謝しないとね」

 凛は自分とそっくりな顔をした母親の方を振り返った。

 大谷氏は大きくうなずき、「そうだぞ。お姉ちゃんが美人なのも、蓮が賢いのも、私たちのいいところを受けついでいるからだ」と胸をはった。

「あら? あなたはあまり成績優秀じゃなかったんじゃない?」

 と夫人がツッコむと、大谷氏は大きな声で笑った。

「アッハッハッハ。これは参ったな。まぁそれはともかく、私はこうやってみんなで楽しく過ごせる時間が何より嬉しいよ。いつもありがとう」

 大谷氏は大きな庭と邸宅を見渡しながら、三人に向かってしみじみと感謝の言葉をかけた。








▽〈大谷麗子  +20㎉〉

〈大谷蓮   +15㎉〉

〈大谷凛   +20㎉〉


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