記憶:大谷蓮

学校 (十年前)

▼何度か見た校舎の風景が目の前に現れた。

 笑い声や足音が窓ガラスに反響し、階段を活気で満たしている。踊り場では生徒たちが集まり、張り出された定期テストの結果を眺めている。

 そこには学年上位三十人の名前が、ずらりとリストアップされていた。

 大谷蓮は生徒たちの輪から少しはずれた所に立って、興味なさそうな顔でゴムボールを蹴っていた。

「蓮君すごいね。また五位以内に入ってるじゃん」

 輪の中から出てきた男子学生の一人が、蓮に話しかけた。

「桔平はどうだった? けっこう頑張ってたじゃん」

 蓮は力の抜けた声で気軽に返事をした。

「う~ん。〝中の下〟って感じ。俺あんまり勉強に向いてないかも」

 桔平と呼ばれた男子学生はそう言うと、ため息をついた。

「まぁでも、勉強以外を伸ばせば別にいいんじゃね。今は個性の時代だしさ」蓮はつま先でボールを蹴り上げ、軽やかにリフティングを始めた。「俺も今はサッカー命なんで、それ以外どうでもいいんだよなぁ」

 蓮が蹴りあげたボールはフワリと浮くと、彼の背中に乗ってピタッと止まる。

「桔平は来週のスポーツ大会、どれに出んの?」

「俺はバスケやってるからそっちに出るよ。蓮君みたいにクラブチームでガチってるわけじゃないけどさ」

 桔平は、蓮に羨望の眼差しを向けた。

 周りの女子生徒たちも、チラチラと横目で蓮の方を見ている。

 女子の熱い視線に対し、蓮は気づかないような素振りをみせ、落ち着きはらっている。上に蹴り上げたボールを片足で軽やかに止めると、彼は明後日の方を見ながら「う~ん」と大きく伸びをした。








▽〈蓮  +570㎉〉








▼蓮と桔平が連れだって教室に入ると、中から馬鹿でかい声が聞こえてきた。

 教壇に座って騒いでいるのは三島龍二だ。彼の周りには派手でヤンチャそうな学生たちが集まっている。

 一方、教室にいる大多数の生徒たちは、各自の世界に没頭していた。

 机にうつぶせになって寝ている生徒、本を静かに読んでいる生徒、窓の外をぼんやりと眺めている生徒など、さまざまな姿が見られる。

 蓮と桔平は教室の後ろのスペースに移動すると、距離をあけゴムボールを蹴り合い始めた。

「――ほんで、そのタバコをポイ捨てしたオッサンをな、ボコボコっちゅうか、そこまでちゃうけど。ぶっ飛ばしてんなぁ」

 龍二が大声まくしたてている。

「へー、そりゃイカツイな。でもポイ捨てする方が悪いもんな」

「たしかに。世直しかも」

「龍二の迫力なら誰も文句は言えねぇなー。俺も最初に出会った時はビビったもん」

「外見は恐そうに見えるよ。龍ちゃんって中身はすごい良い奴なんだけど」

 周りの男子たちは次々と好意的な声をあげていく。

「たしかに龍二って行動力すごいよね。将来の夢とかあんの?」

 と、ギャル風の女子生徒が、足を組んだまま髪をかき上げた。

「う~ん。別になんも考えてへんけど、日本一にはなりたいわ」

 龍二はおどけながら答えた。

「なんの日本一なのよ、それ」

「アハハハ」

 周りのギャルたちがツッコミながら楽しそうに笑う。

 龍二も笑顔だ。








▽〈龍二  +100㎉〉








▼教室に人が増えてきた。授業開始が近づくにつれて、校庭や廊下にいた生徒たちが戻ってきているようだ。

 ずっと本を読んでいた髪の長い男子が立ち上がって、床に落ちていた小さな紙を拾った。かがみこんだことで髪に隠れていた横顔が見える。

 原ノブ郎だった。

「……」

 チラリと紙の内容を見たノブ郎は、どうすべきか逡巡しているようだった。

 少しした後、ノブ郎は歩きだし「あの、これ」と言って、龍二に紙をおずおずと差し出した。

「お~。なんや」

 龍二は鷹揚な態度で紙を受けとった。

「なにそれ、定期テストの結果じゃん」

 ギャルが目ざとくツッコむ。

「そうそう、ちょっとこれ見ぃや。わい〝ワースト一位〟やねん」

 龍二は堂々と紙を開いて、周りのみんなに見せた。

「うわーやる気ねー。0点ばっかじゃん」

「まぁ、紙切れなんかじゃ、わいの実力は測れんのよ」

「アハハ」

 龍二は紙を拾って持って来てくれたノブ郎に対して何の礼も言わず、まるで眼中にいないかのように振る舞っている。

 ノブ郎の方も何も言わず、静かに自分の席に戻っていく。


 トンッ トトンッ

 桔平が蹴ったゴムボールが目標を大きくはずれ、教壇の方へと転がった。

 「おっと!」

 龍二はゴムボールを拾うと、蓮たちの方に向かって優しく投げ返した。

 蓮は戻ってきたボールを上手くトラップすると、片手を挙げて軽く挨拶した。

「蓮~! 今度U15の大会があるんやろ。みんなで応援に行ってもええか?」

 龍二は弾むような足取りで蓮たちに近づくと、ボール遊びに混ざりだした。

「マジで? 応援来てくれんの?」

 蓮はボールを踵で蹴り上げると、華麗な動きで一回転し体の前で受け止めた。

 クラスにいるほぼ全員の女子たちが、蓮や龍二たちの方を見ている。








▽〈蓮           +550㎉〉

〈龍二          +30㎉〉

〈本を読んでいる男子   -100㎉〉

〈机につっぷしている男子 -105㎉〉

〈遠くを見ている男子   -110㎉〉

〈ノブ郎         -100㎉〉



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