記憶:原タケシ
駅前 (一年前)
▼チュンチュン チュン
朝の日光がまぶしく街を照らしている。
駅のロータリーは目的地へ急ぐ人々であふれかえっていた。足元では人間たちとは対照的に鳩やスズメがのんびりと飛び回っている。
ピカピカのランドセルを背負った小学生たちが、元気いっぱいに走り回っているなか、原氏は灰色の作業着姿で自転車をこいでいた。
彼の顔からは、課長時代のような活力を感じられない。
横断歩道ではセダンに乗った運転手が、イライラしながら歩行者が渡り終えるのを待っている。歩道を渡っている小学生の一人が、セダンに向かってペコリと頭を下げた。
▽〈運転手 +5㎉〉
▼いっぽう原氏の方は小学生とは逆に、ふてぶてしい態度でわざとゆっくりと横断歩道を渡っていく。頭を下げることなどせず、むしろ運転手の方をにらみつけている。
そのまま小さな路地に入った原氏は、カチャカチャ音を立てながら、チェーン錠で自転車をフェンスにつなぎ出した。
「ダメダメ、ダメだよ!」
突然、背後から大きな声がかけられ、原氏はビクッと体を震わせた。
声の主は三十代くらいの警官だ。片方の眉を上げ原氏をにらみつけている。
「ダメだよ、こんなところに自転車を止めちゃあ。駐輪禁止って書いてあるでしょう!」
「ちょ、ちょっとくらい良いだろ。すぐに戻ってくるんだから」
焦りながらも原氏は抗議する。
「ダメダメ! 歩行者の迷惑になるし安全にも支障をきたすから。……いい年した大人なんだからそれくらい分かるだろ?」
警官は取り付くしまもない。
▽〈原タケシ -190㎉〉
▽〈警官 +50㎉〉
▼「ちっ ちっ」
しぶしぶと有料駐輪場に自転車をあずけた原氏は、不満そうに舌打ちを繰り返しながら、駅の改札を通りぬけた。
駅構内は通勤中のサラリーマンたちでごった返している。
ドッ
向かいから歩いてきた女性の右肩と、原氏の右肩がぶつかった。
女性はバランスを崩しながらも、反射的に「スイマセン」と謝る。
「ちっ。ジャマなんだよ」
原氏は捨て台詞を吐くと女性をにらみ、スタスタその場を離れて、何事もなかったかのように電車に乗り込んだ。
▽〈原タケシ +60㎉〉
▼電車内も混んでいる。
ぎゅうぎゅう詰めとまではいかないが、座ることはできそうもない。
つり革につかまりながら、原氏はキョロキョロとあたりを見回した。
原氏の左右に立っている男性たちは、原氏よりもかなり背が高い。
▽〈原タケシ -20㎉〉
▼「次は~錦糸町~錦糸町~」
ターミナル駅で降りた原氏は、物色するかのような目つきでウロウロと歩き回った。
驚くべきことに、彼は華奢で気弱そうな女性を見つけると、わざと肩からぶつかっていく。
▽〈原タケシ +60㎉〉
▽〈原タケシ +60㎉〉
▽〈原タケシ +60㎉〉
▼三人ほどの女性から謝罪を受けた原氏は、ようやく少し落ち着いた表情となり、人ごみから離れると近くの総合病院の中へと入っていった。
病院の受付の前に立った原氏は、ぶっきらぼうに保険証を投げすと、淡いブルーの長椅子にどっかり腰をおろし、問診票を雑に書きなぐっていく。
ザワザワ ザワザワ
ここも人でいっぱいだ。
待合室は高齢者が多くを占めているものの、若者の姿もちらほらと見受けられる。診察を待つ人々の中で、ナースたちが忙しそうに動き回っている。
カッカッカッカッ
革靴で高い足音を立てながら、スラっとした背の高い男性のドクターが、目の前を颯爽と通り過ぎた。原氏はドクターのパリッとした白衣に一瞥をくれた後、うす汚れた自分の作業着をチラリと見下ろした。
▽〈原タケシ -80㎉〉
▼「ちっ」
診察を終えた原氏は、ドクターとも看護婦とも一言も挨拶を交わすことなく帰路についた。
自宅に到着すると、リビングの一角がブルーシートで養生されており、マスクをした業者がなにやら作業している。
その傍らではヒロミ夫人が手際よく、お茶やお菓子の準備していた。
業者がペコリと頭を下げて挨拶すると、原氏は不機嫌そうな顔をしながら詰めよっていった。
「また故障か。おたくのエアコンはどうなっているんだ? え?」
「すみません」と、業者は再びペコリと頭を下げた。
それを見た原氏は顔を赤くした。
「ちょっと待て。人に謝るのに脚立に乗ったままというのはどういうことだ! 佐々木工務店さんもずいぶんと質が落ちたもんだな。帽子とマスクを取って名前と役職を言いたまえ」
気弱そうな業者の男性は手を止めて脚立から降りると、カーキ色の帽子と白いマスクを外して深々と頭を下げた。
▽〈原タケシ +70㎉〉
▽映像が止まりましたネ。
ちょっと短いですが、原氏の記憶捜査はこれが限界のようです。
次にいきましょう。
次は八人目の犠牲者。名前は大谷蓮さんですか。大谷凛さんの弟さんですよね。
え? 龍二さんやノブ郎さんのクラスメイトでもあるんですか?
うーん。
これは何かありそうですね。
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