社内トイレ (十三年前)

▼壁に並んだ小便器はピカピカに清掃され、まるで白い陶磁器のコレクションかのように、手入れが行き届いている。

 大谷は若手の青年サラリーマンと、仲良く肩を並べながら用を足していた。

「ちょっと聞いて下さいよ。うちの部署の課長、ホント最悪っすよ」

 と、青年がうつろな目をしてぼやいた。

「どうしたの?」

 大谷は下をむいたまま相槌を打つ。

「先週ちょっとバタバタしていて、業務日誌をつけるのを忘れてたんですよ。そしたら原課長に呼ばれて……」青年は眉をしかめて言葉を切った。

「……みんなの前で立たされて『わたしは日誌を毎日忘れず記入します。わたしは日誌を毎日忘れず記入します』って何度も復唱させられたんですよ。完全に小学生扱いですよ」

 青年は小便器の中に、ペッと唾を吐いた。

「期待してるからこそ厳しくしてるんじゃないの?」

 大谷は穏やかな調子で言う。

「いや、あれは完全にパワハラっす」

 青年は強く首を振った。

「うーん、そうか」

「何かにつけてすぐマウント取ってくるし……。あの人ひねくれ過ぎてますよ」

「うーん」

「大谷さんにも嫉妬してると思いますよ。あの人、課長までの昇進は早かったけど、それ以降ずっとそのままですから。後輩に追いつかれてきて焦ってるんじゃないですか」

 青年は話してるうちにだんだん感情が高ぶってきたようだ。

 口調が明らかにエスカレートしている。

「お局さま的な性質の悪さも持ってますよね。『もっと周りに気を使え』とか言って、ずっとネチネチ絡んでくるし。自分が一番気を使えていないんだから、黙ってろって感じですよ!」

「ちょっと落ち着いて、声が大きいよ。それに田代次長は原課長のことを評価してるらしいよ」

「それは次長がおかしいんです。まぁ次長は次長で、まともな実績もないのに口だけ達者な人間ですからね」


 バタンッ!!

 大きな音を立てて個室のドアが開いた。

 ベージュのワイシャツを着た男が、ドアの前に仁王立ちになっている。

 原課長だ。

 青年はポカンと口を開けたまま凍りついた。大谷もゴクリと喉を鳴らす。

「今、何て言った!?」

 原課長は顔を真っ赤にしながら低い声を出した。

 二人は何も言えず押し黙っている。

「最近の若い者は、年長者に対する敬意をしらないようだな」

「……すみません」

 大谷は慌てて頭を下げた。青年も顔面蒼白になりながら後に続いて頭を下げる。

「俺への影口は別にいい。だがな。田代さんのことを悪く言うのだけは許せん!」

 原課長はそう主張しながら、たまった怒りをぶちまけ始めた。








▽〈原タケシ  -780㎉〉







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