リビング (五年前)

▼場面が切り変わると、目の前には見覚えのある景色が広がった。

 白いエアコンの近くには特徴的な観葉植物があり、食卓の上には大きなガラスのボウルが置かれている。

 以前、ノブ郎とノブ子が姉弟喧嘩をしていたあのリビングルームだ。

 テレビの前では母親が座椅子に腰かけ、リラックスした様子でバラエティー番組を楽しんでいる。ノブ子の方はソファーにあお向けになって寝そべりながら、熱心にスマートフォンをいじっていた。

 この前のギスギスした雰囲気とは違って、一見リビングには穏やかな雰囲気が漂っている。

 ノブ子は自分がアップした写真に付いた「いいね」の数を、食い入るように見つめていた。








▽〈ノブ子   +50㎉〉

 

▽幼いころからずっと痩せ細り続けていたノブ子さんのプライド㎉は、ようやく一息つける方法を見つけたようですね。

 SNSの登場です。

〝いいね〟とはすごい発明です。プライド㎉を補充する方法として、これほど手軽で便利なものはなかなかありません。

 例えるなら、すぐにつまめる軽食のようなものでしょうか。

〝いいね〟を見るたびに脳内ではドーパミンやエンドルフィンなどが放出されます。 

 傷ついた自尊心の激痛を和らげ、甘く痺れるような承認欲求の快感を与えてくれるわけです。

 多くの方がSNSを常習するのも納得ですね。








▼「ウフフフフ」と母が笑い声をあげた。

 その声に引かれるようにノブ子も顔をテレビに向ける。

 画面には太った女芸人が映っており、彼女はその独特なキャラクターで視聴者を楽しませていた。

「この娘ってなんか感じ良いよねー。今度海外のファッションショーにも出るらしいよ」と、ノブ子は穏やかな表情をのぞかせて言った。

「あらそうなの。確かにすごいオシャレだもんね。足は丸太みたいに太いけど」

 母は冗談めかして画面を指さした。

「アハハハハ……確かに確かに。でもこの娘は嫌味がないから、なんか応援したくなるんだよねー」

 とノブ子も朗らかに笑った。








▽〈ノブ子  +35㎉〉



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