街中 (九年前)

▼ソヨソヨ ソヨソヨ 

 再び場面が変わった。

 穏やかな日差しが優しく降りそそぐ昼下がりの街路に、ミニスカートをはいた二人の女性が連れだって歩いている。

 後ろ姿からもなんとなく仲が良さそうなのが分かる。腕を組んでいるわけではないが、楽しそうにおしゃべりしながら、肩を揺らしている。

 通りにある美容室の壁にはオシャレな透明のボードがはめこまれ、ボードの中を下から上へと水が流れている。

 ガラスに二人の姿が映りこんだ。

 ノブ子と凛だ。

 二人とも背がすっかり伸び、顔には化粧まで施している。

 ノブ子はThe大学生といった感じの、量産型メイク。

 凛の方は薄くて自然な、ナチュラルなメイク。

 成長した凛の美しさは息をのむほどで、すれ違う多くの人が振り返っている。








▽〈凛         +130㎉〉

▽〈すれ違った女性A  -45㎉〉

▽〈すれ違った女性B  -5㎉〉

▽〈すれ違った女性C  -185㎉〉

▽〈すれ違った女性D  -20㎉〉








▼ノブ子と凛が街路を歩いていると、軽薄そうな男が近づいてきた。

 男は斜め前方から二人に接触する。

「どこ行くんですか? 買い物?」

 と、男は軽い調子でたずねた。

 凛とノブ子は一瞬沈黙した後、急いで立ち去ろうとした。

「あの~。ちょっと道を聞きたくて」

 と、男はめげずに続けた。

「あ、そうですか」凛が立ち止まった。「ナンパかと思いました」

「ナンパじゃないです。道に迷ってるんです」

 男は大げさに両手を振った。

「どこに行きたいんですか?」

 凛は素直に聞き返す。

「人生という道に迷っていて、お姉さんという目的地に行きたいんです。連絡先を教えてもらえませんか?」

 と、男はことさら真面目そうな顔をしてみせた。

「いや、それってナンパだから~」

 凛が笑うと、男も表情をくずして楽しそうに笑った。

 その後もナンパをしてくる男性は何人も現れたが、連絡先を聞かれるのはいつも決まって凛だけだった。

 凛は少し困ったような顔をしながら道を歩いている。

 ノブ子は平然とした顔で道を歩いている。








▽〈凛    +25㎉〉

▽〈ノブ子  -80㎉〉








▼二十分ほど歩いて二人が着いたのは、ポップな音楽が流れるオシャレな喫茶店だった。

 店内は多くの若者たちで賑わい、活気に満ちた雰囲気が漂っている。窓ぎわには手作りの玩具が飾られ、遊び心あふれるインテリアが随所に散りばめられていた。

 窓際の席に座った二人は、スイーツを選びだした。

 ノブ子が注文したのは派手なフルーツパフェで、凛は地味なチーズケーキにしたようだった。

 彼女たちはお互いの近況について、楽しそうに会話を交わし始めた。

「ねぇねぇ、何してるの?」

 こんなところでもナンパをする男が現れた。

 隣の席に座っていたニット帽をかぶった男が、ずうずうしくも通路を挟んで凛に声をかけてきている。

 ノブ子はすぐに「ごめんなさい、食事中なので!」と冷たくあしらった。

 凛も「食事中ですから」とはっきりと断る。








▽〈ニット帽の男  -70㎉〉








▼「うわ、キモ! ちょっと可愛いからって調子にのんなよ!」

 ニット帽をかぶった男は、イスが倒れそうになるほどの勢いで立つと、捨て台詞を吐いて店から出ていった。








▽〈ニット帽の男  +40㎉〉








▼「もう、嫌になっちゃうね。ゴメンね」

 と、なぜか凛がノブ子にむかって謝った。

「ぜんぜんいいよー。ホントやだよねー」

 ノブ子は手を大げさに振りながら、サバサバとした調子でこたえた。








▽おやおや。

 たまにナンパを断ると、毒づいてくる男性がいますね。

 自分の勝手で声をかけておいて、上手くいかなかったら暴言とは、どうしようもありません。

 まぁ、それがダメなことはもちろんだという大前提として、ここではエネルギーの問題として考えていきましょう。

 プライド㎉とはエネルギーの単位でもあるわけです。

 男性側から見れば、出会いを求める気持ちがある一方で、自分のプライド㎉は損ねたくありません。

 ナンパを拒絶されると、自分の価値が否定されたと感じます。それが積み重なると意外と深く傷付いていきます。プライド㎉が減耗するわけですね。

 そこで対処法として、断られた時にすぐに相手を罵って否定することで『別にお前は上の存在じゃねーし、俺は下じゃねーぞ』というメッセージを送り、ある程度イーブンな立場に戻ろうとしているわけです。 

 おかしな行動のようですが、事実、このようにすると自尊心は多少回復します。

 プライド㎉が少し回復するのです。

 例えるなら、圧迫面接を受けた際、面接官に言い返すことができれば、スカッとすると思いませんか?

 それと同じような構造です。人間は自分を下げてくる者に言い返すことで、メンタルを回復できるのです。

 ニット帽の男性の行動はマナーとしては最低ですが、プライド㎉の観点から見ると非常に効率的と言えるわけです。



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