夏祭り (十年前)

▼ザワザワ ジュジュウ― ザワザワ ザワザワ

 龍二たちはバイクに乗り、隣町の花火大会の会場にやってきたようだった。

 歩行者天国となった街路には、出店に並ぶ人々が列を作っており、広場では色とりどりの提灯が風に揺れながら、祭りの雰囲気を盛り上げている。

 浴衣を着た恋人たちが手をつないで歩き、家族連れの者は美味しそうに焼きそばを頬張る。酔っ払いたちはビールを片手に談笑し、綿アメを手にした子供たちは興奮した様子で走り回っている。

 商工会なども多数出店しているようで、南町商店街、新山自治会、佐々木工務店、ライオンズクラブなどと書かれたイベントテントの下では、地元ならではの特色ある料理がふるまわれていた。

「おい、見てみぃ。あれノブ郎ちゃうか?」

 龍二がカキ氷のストローで指し示したのは、広場のはじに設置された仮設トイレの裏だ。植込みの中で男子学生たちがタコ焼きを食べている。

 学生たちは龍二たちとは正反対の真面目そうな集団、悪く言えばおとなしそうな陰キャグループだった。

「よ~ノブ郎! 来てたんや!」

 ガラの悪い連中が近づいてきたので、学生たちはオドオドと身構えた。

 なかでもノブ郎と呼ばれた少年は、顔を青ざめさせ、隠しきれない不安の色を浮かべている。

「だ……誰?」

 と、学生の一人が肘でノブ郎をつつきながらたずねた。

「同じクラスのモンや! な~ノブ郎」

 龍二はその質問に勝手にこたえながら、ヤンキー仲間と一緒にノブ郎をとりかこんだ。

 学生たちは誰もその場から動けないようで、ノブ郎を助けるでもなく、固唾を飲んで様子をうかがっている。

「なぁ、悪いんやけど百円くれへん? 喉乾いてもうて」

 龍二は笑いながらノブ郎に近づくと、気楽な感じでサッと手を出した。

「……」

「なぁ、ええやん」

「……」

 ノブ郎は一瞬ためらってモジモジしていたが、龍二が迫力のある顔を近づけると、けっきょく財布から百円を取り出した。

「ありがとさん」

 龍二は、ノブ郎の頭をヨシヨシといった感じでなでると、他の学生たちの方を振り返り「じぶんらも百円でええで」と同じことを要求していく。

「いや、もう使っちゃってて……」

と言って抵抗する学生もいたが、龍二たちに囲まれ連れていかれそうになると観念し、しぶしぶ小銭を差し出した。

「あるやん。嘘はあかんで」

 結局、龍二は男子学生全員から百円を徴収した。

 それはジュース一本分にも満たない額だ。

 金銭的なダメージは無いに等しい。

「ほなな」

 と言い残し、ヤンキーたちは楽しげに別の屋台の方へと去っていった。

 龍二だけは仲間とは別に、一人でフラフラと仮設トイレへと入る。

 仮設トイレの隙間から、ノブ郎たちの様子が見えた。ボソボソと声も聞こえてくる。

「どうする? お金とられたけど、学校とか警察に言う?」

 と学生の一人が暗い顔で言った。

「う~ん……でも百円だしな」

「そうだよね。ほとんど損してないもんな。百円ぽっちで恨みをかっても嫌だし……」

「まあ、しょうがないか……」

 ノブ郎たち学生は浮かない顔で結論を出し、トボトボと歩き出した。

 龍治は下を向いて用を足しながら、嘲笑を浮かべている。








▽〈龍二たち   +200㎉〉

▽〈ノブ郎たち  -480㎉〉








▼花火が終わり余韻がまだ残るザワメキの中で、龍二たちヤンキー軍団は路地裏を歩いていた。

 周囲はひっそりとしており、賑やかな雰囲気からとは少し違った静けさが広がっている。

 彼らの前方を歩いていた五十代くらいのサラリーマンが、持っていたペットボトルを藪の中に投げ捨てた。

 ベージュのワイシャツを着たサラリーマンは、かなり薄くなった前頭部を片手でかきながら、何事もなかったかのように平然と歩いていく。

「あいつ、ポイ捨てしよったで」

 龍二は嬉しそうな目をすると小声でささやき、走りだした。

「ゴラ! なにゴミ捨てとんねん。戻って拾えや!」

 驚いたサラリーマンは大声をあげる龍二を無視し、足ばやに立ち去ろうとする。

「おいコラハゲ! 逃げんなや!」

 龍二はサラリーマンを捕まえると、ブロック塀に体を強く押し付けた。

 追いついてきたヤンキー仲間もあとに続く。

 人気の少ない路地裏で、四人のヤンキーがサラリーマンをとり囲む形となった。

「な、何をするんだ! お前らまだ子供だろ。警察よぶぞ!」

 サラリーマンは声をうわずらせながら、四人をにらみつけた。

「年は関係ないやろ。てかその年で、やっていいことと悪いことも分からんのかいな!? もどって今捨てたゴミ拾えや」

 龍二はドスの効いた声を出し、顔を近づけてサラリーマンを威嚇した。

「…………」

 背は龍二の方が高い。

「…………」

 迫力に圧倒されたサラリーマンは黙って戻ると、藪の中に入りペットボトルを拾いあげた。

 ヤンキーたちはニヤニヤしながら、遠くからその様子を見ている。

「合格、合格。もう帰ってええで。二度と悪いことしなや!」

 龍二は満足そうな顔をしながら、サラリーマンに向かってシッシッと手をふった。








▽〈龍二たち    +390㎉〉

▽〈サラリーマン  -610㎉〉

 


▽ここで注目すべきは、ヤンキーたちの知恵や手口です。

 おわかりいただけましたでしょうか?

 彼らはなるべく逮捕されないよう気を使いながら、着実にプライド㎉を増やしているのです。

 特にリスク管理の部分。こちらが抜群に上手ですね。

 単純にカツアゲをする時でも一つ工夫をし、たいした問題にならないくらいの額を要求しています。

 大人を脅迫する時は相手の非を見つけ、そうそう警察などを呼べないような立派な大義名分を得て、自分の方が正しいような立場を作りつつ動いています。

 そうです。

 意識しているのか、無意識かは分かりませんが、彼らはプライド㎉の重要性をよく理解しています。

 そしてヤクザと同じように、いじめっ子やヤンキーは人の弱みを見つけ奪うチャンスをうかがっています。

 そうですね。兵法で例えるなら、天地人がそろうのを待っているわけです。

 地元という地の力。

 腕力という人の力。

 この二つに〝こちらが正しい〟という天の力が加われば、鬼に金棒です。

 サラリーマンの側からすると、(ポイ捨てをした)という後ろめたい事実があるゆえ、脅されても通報しづらいわけです。

 美人局と同じような構造ですが、さらに悪質かもしれません。

 なぜなら金銭を奪われる美人局と違って、ここで奪われているのはプライド㎉だからです。もし訴えたとしても法的な罰則があいまいであり、警察が来たところでポイ捨ての件を主張されると、喧嘩両成敗となりかねないのです。

 

 典型的なアニマルマッチを見ることが出来ましたね。

 はい。そうです。

 アニマルマッチでは年上であろうとなかろうと、そんなことは一切関係なくマッチメイクされてしまいます。

 オヤジ狩りというのもありますからね。

 自分は関係ないから大丈夫、などという顔をしても逃れられません。

 大人は普段、職場など社会の中に居て、子供とは違った世界で暮らしています。

 それぞれの業種ごとの価値観の中で生き、社会的で高度なやりとりをしています。

 しかし、〝人の尊厳〟という根本的なステージにおいては、大人も子供も同じ競技のプレイヤーです。あのサラリーマンのように強く詰められた場合、大人であっても心にダメージを負い、プライド㎉は減ってしまいます。

 皆さんは街中でヤンキーを見かけると、(頭が悪そう)とか(こんな奴、まだ居るのかよ)と陰で笑っていますが、本当は誰の心の中にも強さへの憧れがあります。

 表面上は鼻で笑っていても、実際は自分がからまれて、プライド㎉が減ることを恐れてもいます。

 そうです。

 大人であっても理性では割り切れない、野生の部分があるのです。

 実のところ〝アニマルマッチ〟とは、不良だけの競技ではなく、ほとんど全ての人間がエントリーして参加している種目なのです。

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