記憶:三島龍二

路上 (十年前)

▼コンビニの灯りが優しく広がり、駐車場を照らし出している。

 画面には〝龍二〟の姿が現れた。

 この男が一人目の犠牲者だ。

 彼の髪は短く刈り込まれ、両サイドにはバリカンでアートが刻まれている。眉毛は薄く、耳にはピアスがきらりと光り、手首にはジャラジャラと銀のアクセサリーをつけている。

 龍二は地方都市でしか見られないような典型的なヤンキーだった。

 まわりに座りこんでいる数人の仲間たちも、なかなかに気合の入った様子だ。

 金髪ソフトモヒカンの少年や、入れ墨だらけの腕をした青年など、みな一様に目つきが悪い。

 空のビール缶やインスタントラーメンの容器が、彼らの足元に大量に散乱し、風が通り抜けるたびにカラカラと乾いた音を立てている。


 遠くの方からマッシュルームカットの若者がコンビニに近づいてきた。

 龍二たちが道を占拠しているのに気づいたその若者は、そのまま真っ直ぐ進むべきか迷っているようだった。

 彼らを避けるには、道路を渡って大きく迂回しなければならない。

「通行禁止やで~」

 龍二がふざけて、若者をおちょくるように言った。

「……」

 若者は黙って眉をひそめた。

「オイコラ、なにメンチ切っとんねん」

 龍二は突然声のトーンを変えた。








▽さっそく分析をしていきましょう。

 私たち人工知能のあいだでは、このような戦いのことを〝アニマルマッチ〟と呼んでいます。

「なんだそりゃ。ただの子供のケンカだろ」ですって?

 確かにそうかもしれません。

 ただちょっとだけ、先入観を捨てて視点を変えてみて下さい。

 実はケンカというのは、学術的にみると非常に面白い題材ですから。


 不良の世界では〝ケンカが強いこと〟が最も重要となっています。他にもさまざまな要素がありますが、一番は腕っぷしの強さです。

 強いやつが偉いのです。

 アニマルマッチには流れがあります。順番に見ていきましょう。


 動物と同じように、人のケンカもまず視覚から始まります。

 相手が一般人であろうとなかろうと、そんなことは一切関係なく、目が合ったら勝負が始まります。俗にいう〝ガンを飛ばす〟というやつですね。

〝どちらが雄として上なのか〟を決める本能的な勝負ですので、目をそらした方が負けです。

 どうしてもケンカしたい気分なのに、うまく目が合わない場合もあります。そんな時は何かしら因縁をつけて無理やり絡みにいきます。

 はい。

 では、続きを再生して下さい。








▼現場は張りつめた空気に満ちていた。

 コンビニから少し離れると暗闇が急に深まっている。停められた車の影が不気味に歪んで見える。

 まわりに他の通行人はいない。

 龍二はポケットに手をつっこみながら若者に近づいていく。昼間の雨でまだ濡れているアスファルト上で、彼の足音が鈍く響きわたる。

「あっちに行こか。店の迷惑になるさかいな」

 龍二はなれなれしく、若者の肩に自分の腕をかけた。

「さわんなよ。関係ないだろ。行かねえよ」

 若者は青ざめながら、腕をふりほどいた。

 地面に座りこんでなりゆきを見守っていた〝金髪頭〟と〝タトゥーだらけ〟の二人が、ニヤリと笑いながらゆっくり立ち上がり、若者の方に近づいていった。








▽アニマルマッチでは〝怖そうな見た目で相手をおろす〟ことが非常に大切です。

 外見にびびって相手が謝ってきたり、ヘコヘコと媚を売ってきたら勝負ありです。

 心が折れて相手が勝負を降りれば、殴り合うことなく不戦勝となり、こちらの勝ちとなります。

 実をいうと、この不戦勝こそが最善(ベスト)です。

 安全に無理なく〝プライド㎉〟を獲得(ゲット)できるからです。

 それだけのために、ヤンキーは普段から出来るだけ怖そうな服装や髪型をしています。

 それ以外にも様々な細かい要素があります。

 身長が高く体格(ガタイ)がいいと、威圧感に説得力が増すため、より有利になります。

 人数をかけるのも効果的です。ヤンキーは仲間とよくつるみます。

 余裕を見せつけるためにニヤニヤと笑うこともよくあります。ヤンキー特有のふてぶてしいニヤケ面は、そういった理由によるものです。








▼若者はコンビニに入るのをあきらめたようで、ぎこちない足取りで別の方向へ歩き始めた。

 龍二とその仲間たちは、彼の動きをじっと見つめながら、ゆっくりと後を追って行く。

 夜空は曇っており、月の光はかろうじて地面を照らすのみだ。

 龍二たちは時折チラチラと、コンビニの屋根や周囲の建物の上部に目をやっている。監視カメラの位置を確認しているのだ。

 まわりに記憶媒体の無いことが分かった龍治はニヤリと笑みを向けて、若者との距離を詰めていく。

「ええ度胸してんなぁ。どこの学校やねん」

 龍二は相手の前に回り込むと、笑いながら顔を近づけてたずねた。

「どこだっていいだろ。粘着すんなよ」

 声は多少震えていたが、若者は思ったよりも毅然とした態度できっぱりと答えた。

「なんや? おのれのことすら、堂々と名のれへんのかい」

 龍二はたくみに挑発しながら、片手で若者の胸を軽く押す。

「なんだよ」

 若者は龍二の胸を押し返した。

「なんやこれ。髪型、キモいの~」 

 龍二は笑いながら相手のマッシュルームカットに手をやると、ワシャワシャと無遠慮にかき回した。

「やめろよ」

 一歩さがりながら、なんとか龍治の手を振り払おうとした若者の手が、龍二の顔に当たった。

「おんどれ、やりよったな!」

 龍二は深く沈みこむと、体を素早く回転させ、素人ばなれした動きで若者の右腹部を殴りつけた。








▽相手が引かなければ、後は戦うしかありません。

 降参して謝る・泣く・失禁する・気絶するなど、決着がつくまで戦います。

 実際の殴り合いで勝つことが出来れば、プライド㎉は大幅に増量します。

 これは不戦勝時に得れるカロリーと比べると、桁違いの量となります。

 なんというか……生物として、かなりの自信がつくわけですね。

 

 こうやって実際に戦った場合、リターンは大きいですが相応のリスクもあります。もしも負けてしまった場合、プライド㎉の大幅な減少は免れません。

(もちろん警察などに捕まるリスクもありますが、じつのところヤンキーはそれほど逮捕を恐れていません。逮捕・収監されることで箔がつき、それが自慢のタネとなるからです。そんなヤンチャエピソードを話すことで、のちのちもプライド㎉をさらに増やすことが出来るのです。彼らは負けて情けない目にあうくらいなら捕まることを選ぶわけです)


 まぁ、一般の社会人に比べると、そこまで逮捕・収監を恐れない不良たちですが、さすがに長期刑となると嫌なものではあります。恋人や家族と会えなくなるのはやはり辛いのです。

 実際のケンカでは逮捕リスクを減らすために〝相手から先に手を出させる〟など、逮捕時に法的有利になるよう様々な工夫が行われます。








▼腹を殴られた若者は、苦悶の表情をうかべながらアスファルトの上に崩れ落ちた。

 丸くなった彼の背中からは、かすかなうめき声が聞こえてくる。

 龍二はさらに情け容赦なく、上から若者の背中を蹴りつけた。

 その重く、冷酷な打撃音が裏道に不気味な余韻を残す。

「す、すみませんでした……」

 若者は地面に倒れたまま、弱々しく謝罪の言葉を漏らした。

「……」

 龍二は何も言わず、ただその場から歩き去っていく。

 周囲のヤンキー仲間たちは、龍二の行動を賞賛し「しびぃ~」「さすがだね。カッコよかったよ」と彼を褒めちぎった。








▽〈龍二  +2500㎉〉

▽〈若者  -4300㎉〉



▽モニター上に表示された数値を、どうぞご覧ください。

 これはプライド㎉の増減値です。

 これらは被験者の表情筋やバイタル反応から、精密に計測されています。

 ええ、そうです。

 人の顔というのは、自信の量が顕著に現れる場所なのです。目力などを連想していただけると分かりやすいでしょうか。自信のない人は顔に覇気がなく、自信に満ち溢れている人はハツラツとした顔をしています。

 何ですか?

「さっきから出てくる、その……プライド㎉ってやつは何なんだ? 増えると、何か良いことでもあるのか?」ですって?

 もちろんですとも。

 良いことは、数えきれないほどあります。

 まず純粋に、とても気持ちがいいです。

 勝利の味はドラッグ以上の快感です。

 ほら、龍二さんの表情をご覧ください。スカッと爽快な笑顔になっていますね。

 いま彼の脳内では、ドーパミンなどの神経伝達物質がドクドク出ているわけです。

 プライド㎉が増えると自信と活力に溢れ、性格も明るく活発になり、日々の行動力も大いに上がります。

 

 さらにさらに良いことに、このエネルギーはずっと長いこと使えます。

 大人になってからも、ずっとずっと使えるのです。

 真面目に大人しく過ごしてこられた方には、受け入れがたいかもしれませんが、成功している経営者や実業家の中には『昔はヤンチャをしていた』という人が多くいます。

 成功体験があればプライド㎉は増え、それが行動力に繋がっていくわけです。『事業を立ち上げてやっていこうぜ!』などという考えは、かなりの心の強さが必要ですからね。


 まだまだ他にも良いことがあります。

 それは、女性からモテるようになることです。

 プライド㎉とはつまり自信の量です。

 さきほどもお伝えした通り、人の顔つきには、内在する自信の量がはっきりと現れます。

 世の女性は、目の前にいる男性がどのくらいのランクなのかを、無意識のうちにチェックしています。人間には相手表情筋からプライド㎉の総量をはかるセンサーがついているのです。

 こんなセリフをどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか? 

 自信のない男に、女性は決して惹かれません。








▼濃い闇に包まれた中、遠くで若者がヨロヨロと体を起こす様子が見えた。

 彼は肩をがっくりと落とし、しょんぼりとした足取りでその場を立ち去っていく。








▽イジメや劣等感でプライド㎉が枯渇した者は、悲惨な状況におちいります。

 まず純粋に自分のことが情けなくなり、その後ずっと心が苦しい状態が続きます。

 自信や活力は失われ、引きこもりになったり、異性にアプローチができなくなったりなど、行動力に大幅な制限がかかるようになります。

 結果として、時間を無駄に過ごすようになり、人生の大切な期間を失うこととなります。下手をすると、自殺や他殺といった結末に至ることすらあります。


 ん? なんですか刑事さん。

「イジメは良くない」

 そうですね、それは正論です。

「イジメをする奴は許せない」

 なるほど。

「もっと相手のことを考え、相手の気持ちになって接するべきだ」

 うんうん、おっしゃりたいことは分かります。

 その件について、アンドロイドの立場からはっきり言わせて頂きます。

 やれやれです。

 不良の常識からすれば、そういった教科書のようなセリフは全くの的外れです。彼らは〝道徳的な良し悪し〟などを基準に暮らしてはいません。

 彼らは勝ち上がるか、負けて脱落するかの厳しい世界に生きています。人生の敗者になって嘲笑されることだけは、絶対に避けなければならないのです。

「それは歪んだ価値観だ」「やられる側の立場になって考えてみろ」などと熱弁されますか。

 それでは逆におうかがいしますが、刑事さんも自分の栄養を確保するために、牛・豚・鳥・魚などの命を奪って、食べているのではありませんか。

 おっと「私は肉を食べない」という方がいらっしゃいましたね。

 しかしベジタリアンであっても同じです。草花や野菜にも命はあります。

 誰もが他者の命を食べて、良い人生を送るための糧としているのではないでしょうか。

 ランチやディナーの時に食材の辛さを考慮して、食べることを諦める方がいますか?

 不良たちもそれと同じです。

 他者のプライド㎉を食べることで、自分の人生を充実させようとしているだけです。

「それは極論だ。人と動物を一緒にするな」

 刑事さん。それこそ人間の驕りです。

 どのような権利があって、人を動物よりも上に位置付けるのでしょうか?

 なぜ人の命は動物や植物の命より、優先順位が上なのでしょうカ?


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