第5話
無惨に破壊された町を、ゆっくりと慎重に進む。いつどこで崩落が起きるか分からないんだ。命は大事にしなくては。
相も変わらず鳴いている蝉の声を聞きながら、私はさらにもう一歩を踏み出した。
東京に小惑星が落ちてから一年。また、夏が巡ってきた。
あの災厄から、日本は変わった。
首都を大阪都に改め、被害のなかった東日本の各地域に人々は帰った。
そして、東京全域は避難地域に指定され、特別な許可がないと侵入することも許されなくなった。
そんな東京の廃墟に、私はいる。
まだ私は諦めていない。きっと、彼女はいるはずだと信じている。
この一年で、私も変わることが出来た。
芹那さんは、あの行いを反省して私に精一杯謝罪をしてきた。ヒマワリに言われたって部分もあるけど、それ以上に私の考えで彼女を許した。今では、休日に遊びに出掛ける間柄だ。
それでも、そんな日常を過ごしているからこそ、私はまたここへ来たいと思ったんだ。
きっと、またヒマワリに会えると思って。
ヒマワリと過ごしたあの数日は、忘れられないほどに眩しいものだった。彼女にまた会いたい。会って、またあの美しかった日々を過ごしたい。
当たり前だと思ったあの日常が、とても眩しくて美しいものだったから、私はまたこうして東京の町に戻ってきたんだ。
許可を取ることに苦労した。でも、東京に家があったから、一時間という制限付きで許可されたのだ。この貴重な時間で、目的を果たす。
廃墟となった東京は、以前の私と同じだった。完全に色を失ってしまい、ひどく殺風景だ。
一面に広がる瓦礫の灰色。火災があったのか、焼け焦げた黒色も所々に見える。
あちこちには大小様々なクレーターが口を開けていて非常に危険だ。こんな廃墟が日本の首都だったというのだから、信じられない。
道路には、小惑星の破片が激突した際の衝撃波で破壊されたアンドロイドの残骸が無数に転がっている。当時の東京の人口の三分の一と同じだけアンドロイドはいたのだ。壊れた残骸はどこにでもある。
出来るなら、あまり壊れたアンドロイドを見たくない。もしその中に……なんて考えてしまうと堪えられない。
それでも、覚悟を決めてアンドロイドを見ていくが、ヒマワリは見つからなかった。というより、動いているアンドロイドも見つからなかった。
仕方がないから、もうひとつの目的を果たす。
私は、あの最後の日にヒマワリから渡された袋を取り出す。家に帰ってから、と言われたので、この時まで開けることはなかった。
「ヒマワリ……私に何をくれたんだろう?」
中身が知りたい。その一心で、私は自宅があった場所を目指す。
やがてたどり着いた我が家は、無惨な状態で残っていた。残っていたという表現も正しいのか分からないけど。
近くの電柱が、遠くから飛んできたビルの石材が、衝撃波で飛ばされた様々なものが家を押し潰している。原型を留めているのは、玄関くらいのものだ。
その扉が、わずかに開いている。フレームが歪んで開いたにしてはおかしい。
だから、私は取っ手に手をかけてゆっくりと扉を開いた。その先に広がっていたのは、予想通りの光景。
完全に崩壊した屋内は、とてもじゃないが先には進めない。
そんな環境で、私は見つけてしまった。ここにあるはずがない……あってはならないものを。
それを意識の外に追い出し、ヒマワリから渡された袋を開く。中には、小さな箱が入っていた。
「……どれだけ秘密なのよ」
箱を手のひらに乗せ、そっと開く。その中身を見た途端、私はすべての言葉を失った。
中に入っていたのは、ブローチだった。私がヒマワリに送った、あの白色の花のブローチと同じもの。
不意に、鼻に鋭い痛みが走る。足に力が入らず、その場で崩れ落ちた。
このブローチを贈った時の、ヒマワリの言葉が脳内で再生される。
『……やっぱり、そうですよね』
あの時は、よく意味が分からなかった。でも今なら分かる。私もあれから、少しは勉強したから。
向日葵の花は、色や大きさによって異なる意味の花言葉を持つ。それは、この白色の花も同じなんだ。
我慢出来ずに涙を漏らす。誰もいない廃墟に、私の慟哭だけが反響する。
「白の向日葵……か。ははっ……私のことを、そんな風に思ってくれていたんだ……なら、私が贈った白の向日葵も……正解……だった……よね……!」
白の向日葵の花言葉は、『程よい恋愛』だったはずだ。自分の想いを自分の名前の花言葉で表現するなんて、ヒマワリも中々なロマンチストだ。
それでも私の涙は溢れ続ける。ヒマワリは、私に嘘をついた。
「人を笑顔にするアンドロイドでしょう? じゃあ……私のことを泣かせたら……ダメじゃないのよ……!」
白の向日葵のブローチを胸に抱き抱えながら、私は家にあったそれの前で泣く。
そこにあったのは、アンドロイドの腕だった。本体は恐らく、家の倒壊に巻き込まれて瓦礫の下だろう。
腕の切断面からは、稼働に必要と思われる紫色の液体が流れだし、玄関に散らばった靴を紫に染めていた。
そしてその液体は、腕が最後まで離さなかったであろうブローチまでも紫に染めていた。
かろうじて元の色――白色をわずかに残すのみとなった向日葵のブローチを。
向日葵の夏 黒百合咲夜 @mk1016
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