第29話 弱点
「何を言ってるんだ?」
クルトは意味が分からないと言った様子で言ってくる。
だから、もう一度言ってやった。
「僕があの大ムカデと戦うよ」
「……」
それでもまだ彼らは固まっていたが――、
ふと我に返り、目を見開く。
「ば、馬鹿を言うな! 無茶だ!」
「やってみないと分からないよ」
「確かにお前は第七魔角級という凄い才能を持っている。だが、前にも言ったろ?実戦は魔角等級だけでは測れないものなんだ。それに奴は知能を持っている。他とは違うんだ」
知能?
って、あの片言でしゃべってるアレのことか?
「ギシシ……オマエラ……ナニガ……ウマイ? オデガ……ウマイ? ン? ウマイノダレ? ギギギ……」
大ムカデは自問自答し、独りで混乱しているだけだった。
全然、知能が有りそうには見えないんだけど!?
しかも、あの様子で動きを止めている今がチャンスでもある。
「とりあえず試してみるよ」
「しかし」
「ちょっとだけ試してダメそうならその転移アイテムを使って。それからでも遅くないでしょ?」
「それは……って、おい!」
俺はクルトの制止を振り切り、大ムカデの前に立った。
別に俺だって何の考え無しにやっているわけじゃない。
それなりに勝算があってのこと。
先ほどクルトが火炎剣で攻撃した際、大ムカデの体には傷一つ付けられなかった。
それぐらい頑強だというのに二度目の攻撃の時には、奴は先制してクルト達を叩き落とした。
ただ単にウザいからとか、何も考えていない反射的な行動だった可能性は無いわけでは無い。だが、そこには意味があったのではないかと思ったのだ。
前世の世界でも当然、ムカデは存在していた。
こんな馬鹿みたいな大きさではないが。
そんなムカデの駆除方法は、一般的に殺虫剤より熱湯が安価で有効とされている。
幼い頃、田舎にある母方の祖父の家に遊びに行った時、家に入り込んでこようとしていた大きなムカデを爺ちゃんがヤカンのお湯をぶっかけて退治していたのを覚えているから、それは確かだ。
奴にとっては食らっても痛くも痒くも無いであろう火炎剣。
それをわざわざ弾いたのは本能的に熱を嫌っての行動だったのではないだろうか。
もしそうなら熱が有効である可能性がある。
しかし、だからといってここで火属性の魔法を放っても、クルトと同じようにあの硬い体皮に阻まれ効かないのではないかと思う。
じゃあ、黒蟻の群れを倒した際に使った水蒸気爆発で蒸し上げる?
いや、それも鎧のような体皮がある限り、内部まで熱が浸透しない可能性が高い。
やはり直接体内に熱を伝えなければ決め手にはならないだろう。
火が駄目ならば、俺に残るのは水しかない。
水か……。
ん……案外、行けるかもしれないな。
とある策を思い付いた俺は早速、魔角を展開する。
注いだ魔力に水属性を付与し、状態変化で水を湾曲させ、弓状に仕上げる。
できあがったのは水の刃、ウォーターカッター。
とりあえず、オーソドックスなこいつで試してみるか。
俺は生み出した水の刃をそのまま大ムカデに放つ。
高速で飛んで行ったそれは、まともに奴の腹に当たる――と同時に弾かれ、飛沫になって消えた。
当然のように奴の体皮には全く傷が付いていない……と言えば嘘になる。
実際には引っ掻き傷程度の跡が残っているのが見えた。
車のボディにコインを擦ったような傷だ。
これで、こんなもんか。
そう納得していると、後ろの方でクルト達が「そら見たことか、早く逃げなさい」というような顔でこちらを見ていた。
だが、それも予定の内だ。
どの程度通用するのかが見てみたかっただけ。
今の魔法でこれくらいの傷が付くなら、考えている方法で行けるだろう。
「オマエ……ウザイ……オマエ、クウ……」
大ムカデは今の攻撃でお冠の様子。
完全にターゲットを俺に絞ってきていた。
奴が大暴れし始める前にやらないと。
そう思った直後、大ムカデはその牙で直接、食らい付いてきた。
俺は即座に身体強化の魔法を使い、これを避ける。
そのまま回避行動を行いつつ、魔法を構築する。
ドーナツ状の輪を水魔法で作り上げると、その中心部に別の水魔法で水球を作成する。
「魔法を二重に!? そんなことが……」
クルトの驚く声が聞こえてきたが、それにはちょっと物申したくなった。
魔力探知の際に魔角を立体的に組めると教えてくれたのはクルトじゃないか。
二重、三重に魔角が組めるなら、魔法だって一度に二つ以上構築できるはず。
そう思って、やってみただけなのだから。
俺はドーナツの穴を通すようにして放水系の水魔法を放つ。
それは大ムカデに当たるが、そのままでは消防車の放水作業となんら変わりは無い。
「ウボボ……コレ……ツメタイダケ……オマエ……バカ」
「別に水浴びをさせたいわけじゃないよ。こうするのさ」
俺が手元に集中するとドーナツの穴が窄んでゆく。
それに合わせて、穴を通り抜け噴射されていた水流が細くなってゆく。
最早それは、水流というには細すぎた。
線と呼んでもおかしくないレベル。
そのまま極限まで絞った刹那だった。
シュッという音がして、大ムカデの硬い体皮がまるで豆腐のように滑らかに切れたのだ。
「グギャアァァァァァァッ」
鼓膜を劈くような悲鳴が辺りに響いた。
大ムカデが自らの体を地面に打ち付けるようにして暴れる。
切り取られた体皮の破片が、金属鎧のような音を立てて足下に転がった。
糸のように細い水流が大ムカデの硬い体皮を切り取ったのだ。
なぜこのような事が起きたのか?
それは俺が前世の世界にあった工作機械にヒントを得たからだ。
その名はウォータージェットカッター。
高水圧によって金属をも切断する水の刃のことだ。
噴射する水量を高め、その水が通り抜ける穴を極限まで絞ることでウォータージェットカッターに近い水圧を再現することに成功したのだ。
「クルトの火炎剣でも、まったく傷付かなかったあの体皮が剥がれ落ちたぞ……」
「あ、ああ……」
アイラとクルトは、まだ信じられないといった様子だった。
だが、これで終わったわけじゃない。
皮一枚剥がしたところで大ムカデがやられるわけがないのだから。
仕上げをしないとな。
俺は手の中の魔力を火属性に切り替える。
両手を大きく伸ばし、まとった魔角の下から現れたのは炎の槍――、
フレイムスピア。
そいつを大ムカデの剥き出しになった筋組織に向かって放った。
「ギョフォッ!?」
炎の槍が突き刺さるや、大ムカデが短く叫喚する。
直後、突き刺さった槍の先からオレンジ色の光が肉を侵蝕するが如く、体全体に広がってゆく。
それはまるで毛細血管を炎が食い破っているかのようだった。
その光景を目にした次の瞬間だった。
大ムカデの体が一瞬、目映い光を放ったかと思われた刹那、炎を撒き散らし爆散したのだ。
小さな肉片が辺りに転がる。
大ムカデは最後の叫びすら上げることなく爆死していた。
「ふぅ……」
俺は安堵の息を吐いた。
普通になんとかなったな。
やっぱり、最初に感じていた通りだった。
少しばかり表面が硬いだけで、それほど強くはなかった。
なんでも冷静に対処すれば何かしら見えてくるってことだ。
転移魔法の入ったアイテムも使わないで済んだようでなにより。
あれって結構、貴重そうだもんな。
良かった、良かった。
とりあえず、そんな共感を求めてクルト達の方へ振り返ると――、
「パパ……?」
「ほ……本当に倒しちまった……」
「そ、そうだな……」
クルトとアイラは勝利の喜びすら忘れ、口を開けたまま、ぽかんとしていた。
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