第28話 戦闘

 まさか、魔物が言葉を発するなんて思いも寄らなかったので唖然としてしまった。

 あの怪物の風体からは想像もつかないことだ。


「中級上位ともなると、片言だが言語を操る。それが等級の判別にもなるんだが……」


 クルトが緊張の面持ちで言う。


「……予見していた通りの最悪の状況か……」


 彼は奥歯を噛み締める。

 中級上位ということは第五魔角級に相当する強さだ。

 ランクだけで考えるならクルトと互角ということになる。


「ネロ……離れた所で隠れているんだ。絶対に出てくるなよ」


 クルトは大ムカデに視線を置いたまま俺にそう指示してくる。

 アイラも彼と共に戦う体勢になっていた。


 以前だったらここでアイラが魔法障壁を作り、俺を守る形になっていたはず。

 それをしないということは、それだけ彼らにも余裕が無いということだ。


 二人がかりで挑まなければ倒せない敵……。

 なら、ここは素直に従っておくべきだろう。


 俺は言われた通りに距離を取ると、物陰に潜む。

 もし彼らに何かあっても助太刀できる距離だ。


 クルト達は俺が離れたことを確認すると、剣を構える。

 その姿を嘲笑うかのように大ムカデが不気味な声を上げた。


「ヒ……ヒヒヒ……」


 クルトはアイラに向かって視線で合図を送る。

 彼女も同じように視線で答えると、クルトの剣に炎が宿った。


 それが行われるや否や、クルトは地面を蹴った。

 直後、彼の姿が消える。

 身体強化の魔法によって俊敏性が高まったのだ。


 次に彼の姿を捉えたのは大ムカデの背後に現れた時だった。

 そのまま魔物の後頭部目掛けて火炎剣を振り下ろす。

 それは完全に死角を取った状態での直撃だった。

 だが――、


 ギンッという金属の弾ける音が辺りに響く。

 クルトの剣は、奴の鎧のように硬い体皮に弾き返されてしまったのだ。

 傷一つ付いていない。


「くそっ、ダメか。ならこれで……どうだ!」


 体ごと弾き返されたクルトは再度地面を蹴り、飛び上がる。

 そして炎の宿った剣を振り上げた。

 恐らく同じ箇所を狙い、継続的なダメージを与えることで劣化を促し、体皮を貫通させるつもりだ。


 だが、その刹那だった。

 タイミングを合わせたように大ムカデの尻尾が大きく振られたのだ。

 尾の先にある鋏がクルトを狙って振り下ろされる。


「危ない!」


 俺は思わず叫んでいた。

 だがそれよりも早く、魔装をまとったアイラがクルトの前に割って入った。


「ぐっ……!」

「くっ……!」


 魔法の欠片が火花のように燐光となって飛ぶ。

 魔装はクルトが鋏に切り裂かれるのを完全に防いでいた。

 だが――、


 衝撃までは完全に殺すことはできなかった。

 二人の体は重なったまま吹っ飛ばされる。

 それはまるで、ホームランバッターが芯を捉えた改心の一打を放ったようだった。


 人間がそんなに宙を飛ぶことがあるんだと驚くくらいの勢いで二人は飛ばされ、その先にあった民家の石壁に激突する。


「うぐっ!?」

「ぐあっ!?」


 短い悲鳴を漏らした二人はそのまま壁際に崩れ落ちた。


「パパ! アイラさん!」


 俺は思わず約束を破り、駆け寄っていた。


「うう……ネロ、出てくるなって言ったろ」


 痛みを堪えながらも最初に投げ掛けられた言葉はそれだった。


「でも……」

「こういうのは大人達に任せておくもんだ」


 クルトがそう言いながら立ち上がろうとした時だ。


「うっ……!?」


 体を支えようと地面に手を突いた途端、彼の顔が苦痛に歪んだ。


「どこか痛めたのか!?」


 すかさずアイラが声を上げる。

 心配そうにする彼女を前にクルトは苦笑いを浮かべた。


「へっ……どうやら腕をやっちまったらしい……」

「お前……さっき……」


 何かに気付いたアイラ。

 しかし、すぐにクルトは否定する。


「そんな器用なことは俺にはできねえよ。普通にヘマをしただけだ」


 だが俺は見ていた。

 石壁に激突する瞬間、クルトが体勢を変え、アイラの体を守ったのを。


 破眼で見ていた限り、アイラは敵の力が強大なのを分かっていて、その衝撃に耐える為、魔装を前面に集中させていた。

 だから背後は無防備な状態だったのだ。

 しかし何重にも重ねた魔装だ。彼女自身、まさか吹っ飛ばされるほどとは思っていなかったのだろう。


 結果、衝撃をもろに食らったアイラは体勢を崩され、打ち上げられるように吹っ飛ばされる。

 そのままでは後頭部から壁に激突してしまう。

 そこで咄嗟にクルトが彼女の体を掴んで引き戻し、自分が壁との間に挟まるような形で庇ったのだ。


 ただ、咄嗟の判断ではそこまで完璧にはできなかったのだろう。

 体全体で受け止め、衝撃を分散させるはずが上手く行かず、腕から行ってしまった。

 そのせいでクルトは利き腕である右手を痛めてしまったのだ。


 石壁は陥没し、ひび割れている。

 それを見ればどれだけ強い衝撃だったのかが分かる。

 腕の骨が折れていてもおかしくはない。

 いや、彼はポーカーフェイスを保とうとしているが、恐らく折れている。

 嘘を吐くのが下手なタイプだからな。


「すまない私のせいで……」

「知らんって言ってるだろ。それより今は目の前のことの方が重要だ」


 クルトが顔を上げると、俺達も同じ方向へ目を向ける。

 そこには長い体をうねらせながら頃合いを窺っている大ムカデの姿があった。


「ギギギ……クウ? ダレカラ……クウ? ギヒヒヒ……」


 相変わらず気持ちが悪い。

 普通のムカデも苦手だったので、このデカさとなると尚更だ。

 しかもしゃべるだなんて、どうかしてる。

 俺がそんなふうに魔物に嫌悪を感じていると、そばでクルトがゴソゴソとし始めたことに気付く。


「何をする気なの?」


 何かあの魔物に対する策があるのか期待しながら尋ねると、彼は背腰にしていたベルトポーチから筒状のものを取り出した。


「こいつを使う」


 それは真鍮色をした金属製の小さな筒だった。

 見た瞬間、俺は悟った。

 こいつは例の……もしもの時に使うと言っていた錬金術のアイテムじゃないか?

 それにどんな効果があるのかは知らずじまいのままだ。

 さすがに聞いておきたい。


「それは……何のアイテムなの?」

「こいつには転移魔法が込められている」


 転移!? って、別の場所へ一瞬でワープできるってこと?

 そんな魔法もあるのか。

 俺も使えたら便利だが……わざわざ錬金術を使っているあたり、人体錬成と同様、古代魔法でしか成し得ないものなのだろう。


「いいか、ネロ、落ち着いて聞け。今からお前をこいつで近くの町へ飛ばす。その後はその町にある教会を頼るんだ。いいな?」

「えっ……ちょっと待って! どういうこと?? パパ達は?」


 聞き返すと、クルトは寂しげな目をする。


「残念だが、あの大ムカデは俺達では倒せない。お前を除けば、今この町にいる魔壊士で一番上位の魔角を持っているのは俺とアイラ、そしてグートシュタイン家の者だけだ。その魔壊士達が全員束でかかってもアイツには勝てるかどうか怪しいところだ。中級上位の魔物が第五魔角級相当だといってもそれは人間が勝手にランク分けしただけで、実際には想定外の誤差のようなものがある。俺は今、剣を合わせただけで分かった。あれには太刀打ちできない。しかも俺は腕をやられちまっている。実質、戦力外だ。防御特化型のアイラだけでは、この場を持ち堪えられない」

「……」


 アイラも覚悟を決めたような目で俺を見てくる。

 クルトは続ける。


「戦える者がいなくなれば、この町は終わりだ。誰も奴を止められない。そんな中でも、お前は最後の希望なんだ。だが、まだ幼い。だから生き延びて、強くなれ」

「……」


 だから俺だけ転移魔法で逃がすってのか?

 自分達は犠牲になって?

 あの時のディアナは、それを了承したってのか?

 それが魔壊士としての生き様、誇りだとでも言うのか?


 冗談じゃ無い。

 諦めるのが早過ぎだろ。

 まだ一太刀浴びせただけじゃないか。

 そんなのじゃ、まだ分からないだろ。


 それに俺の感覚では、あの大ムカデはそこまで強い気はしないんだが。

 そりゃ、実際にやってみないことには分からないけど、即死でやられてしまうようなことは無いと思う。

 試してみる価値はあるだろう。


「パパ」

「なんだ?」

「そのアイテムを使うのはちょっと待って」

「ん? 何を言い出すんだ……?」


 困惑するクルトを尻目に俺はその場に立ち上がる。

 そして目の前の大ムカデを見据えると、こう言い放った。


「あいつ、僕がやるよ」

「は……?」


 クルトとアイラは俺の言ったことがすぐに飲み込めず、唖然とした様子で固まっていた。

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