第27話 調査討伐

 夜が更け、俺とクルトは南街区へやって来ていた。

 しかし今回の調査討伐メンバーは二人だけではない。

 アイラも一緒だ。


 俺達だけでなく、多くの魔壊士に警戒警備の命が下っているので彼女もその一人。

 クルトにとってアイラは昔馴染みでもあり、相性の良いコンビなのだろう。

 ディアナが戦えない今、パーティを組むことが多くなっている。


 そして彼女の娘、フィーネだが、今回は同行していなかった。

 さすがに今回ばかりは連れてくるわけにはいかなかったのだろう。

 俺もそれが賢明だと思う。


 さて、警らが行われている地域だが、先日被害があった東街区は引き続き、御三家であるグートシュタイン家の人達が中心となって警戒にあたっているらしい。

 西と北の街区は第四魔角級の魔壊士達が先頭に立って見回りが行われているようだ。

 俺達は残る南街区を中心に見回りをしていた。


 その南街区だが、別名商業区とも言うべき場所で、商店が多く集まっている地域。

 今は夜も遅いので、ほぼ全ての店が閉まっているが、昼間に訪れるとかなり盛況な場所だ。


 そんな日中の賑やかさとは真逆な静まり返った通りを歩く。

 両親に何度か連れてきてもらっているのでなんとなく道は把握しているが、初めて通る場所も多い。

 方向感覚だけはある方だと思うので、そこを頼りにするしかないだろう。


 三人でしばらく夜道を歩き続ける。

たまに警ら中の他の魔壊士とすれ違うこともあったが、軽く挨拶をして通り過ぎるだけ。

 周囲にも特に変わった様子は感じられない。

 静かすぎて本当に魔物が潜んでいるのだろうかと疑ってしまうくらいだ。

 俺は不安になって隣を歩くクルトに尋ねた。


「パパ、何か見当はついてるの?」

「いいや」

「ぇ……」


 俺はすっ転びそうになった。

 さっきから意味ありげに同じ場所を巡っているので、何か考えがあるのだと思っていたのだ。

 それが意味の無いことだと言われ拍子抜けしてしまったのだ。


「クルトはいつも行き当たりばったりだからな」


 アイラがニヤニヤしながら言う。

 するとクルトは即座に反応して、


「……そんなことはない。俺だってちゃんと考えているぞ? ただ確実性が低いだけだ」

「じゃあ、その考えとやらを聞かせてもらえないだろうか?」

「む……」


 彼は困ったように口を噤んだ。

 そこで俺は、助け船というほどでもないが、クルトに疑問を投げ掛けてみる。


「この前みたいに水路からの侵入ってことは考えられないの?」

「大いに考えられる。むしろ侵入経路は水路だろう」

「じゃあ、なんでそこを探さないの?」

「この前は被害地域が限定されていたので、水路の場所も特定し易かった。だが今回は被害が広範囲だ。水路は町の地下に網の目のように張り巡らされている為、特定には相当時間がかかるだろう。一応、今も調査は入っているらしいが……」


 そうか、この前の土蜘蛛の時だって巣穴の偽装が見つからなかったら延々と探し続けていたはずだろうから、特定するのは相当難しいのだろう。


「しかし今回の場合、侵入経路は問題じゃないと思っている」

「どうして?」

「知り得る限りでは長距離の穴を掘る魔物は土蜘蛛くらい。その土蜘蛛は黒蟻と違って集団では行動しない。単独での狩りが基本だ。ということは、新たに別の土蜘蛛が現れた可能性は低い。この前倒した土蜘蛛が穴を掘った時点で、黒蟻と同じように便乗した何かがいると考えるのが自然だ」

「土蜘蛛とは違う魔物かもって、パパ言ってたもんね」

「そうだ。今回の魔物は巣穴に餌を持ち帰るようなタイプじゃない。一人ずつ食い殺しては楽しむような癖を持っている。今も町内部に潜伏し、狩りのタイミングを狙っているに違いない。ただ、これだけの人員を投入して手掛かり一つ掴めないということは、かなり高度な偽装魔法を使っている可能性が高い。それを見破らない限り、この一件は決着がつかないだろうな」

「それで、この子というわけか」


 そこでアイラの視線が俺に向けられた。

 え? 何? 俺??

 何の前置きも無く、俺に注目されたので戸惑った。


「俺とアイラにも偽装魔法は感知できる。しかし、それは対象範囲が限定的で、尚且つ使われている魔法のレベルが低い場合だ……」


 そう言うと、クルトが俺の頭に軽く手を乗せてきた。


「できれば俺達だけでなんとかしたいと思っていたが……やはりお前の力を借りなければならないようだ」

「それって……」


 クルトは俺の顔を見てくる。


「ネロ……お前に偽装魔法を見破ってもらいたい」

「え……」

「土蜘蛛のそれを看破した時のように」


 ちょっと待って。

 見破るって言ってもどうしたら?

 土蜘蛛の時は通りかかった時に、たまたま違和感を覚えただけなんだけど。

 今だって通りを歩きながら特に何も感じなかったし。


「えっと……そう言われても僕、どうしたらいいのか分からないんだけど……」

「大丈夫、意識を集中して周囲に浮遊する魔力の流れへ感度を高めれば、自ずと分かるはずだ」

「こう……?」


 俺は目を瞑り、まるで瞑想にでも耽るかの如く漠然と周囲に意識を向ける。

 心が穏やかになり、脳内が静寂に満たされる。


 静かだ……何も聞こえない……。

 意識が周りの空気にすーっと溶けていくようだ……これなら良く眠れ――。


「……って! ダメだよ」

「ん、どうした?」


 クルトがきょとんとした顔で俺を見ていた。


「全然、感知できる気がしないよ」

「落ち着け、お前なら必ずできる。いいか? 魔角はその一辺、一辺が鋭敏な感覚器に等しいんだ。それを自分の五感と一体化させることで第六感とも言うべき魔力を感知できる力を得ることができるんだ。しかも魔角を連鎖展開させることで、その感覚が倍々に広がってゆく。俺達より魔角等級が高いネロがそれを行えば、どれだけの違いが出てくるか……頭の良いお前なら分かるだろ?」


 なるほど、魔角を使って感じるのか。

 辺の一つ一つがアンテナやセンサーみたいなものって考えればいい。

 それを連鎖させると一段目で感知能力が七倍に膨れ上がる。二段目はその七の七倍だから四十九倍、さらに三段目となると――。


 うは……。

 ちょっと想像しただけで、とんでもないことになるのが分かる。

 段階を重ねるごとに第五魔角級とは大きな差が出てくるのも当然だ。


 やっぱり、感覚だけに頼るより、ちゃんと理論で学ぶのは重要だな。

 知らなかったら、ずっと辿り着けなかったかもしれない。


「理解できた気がする。もう一度やってみるよ」

「ああ、頼むぞ。お前は更にそこへ破眼の能力もあるからな。より感知し易いはずだ」


 ここで破眼も役に立つのか。

 第六感に強化された視覚が付いてくるようなもんか?

 まあ、ともかくやってみよう。


 俺はすぐさま魔角基を展開させる。

 言われた通り、辺を感覚器として意識し、周囲に神経を張り巡らせる。

 この状態ではまだ何も感じない。


 二段目を展開。

 一気に捉えられる範囲が広がった。

 しかし、まだ何も得られない。


 即、三段目を展開。

 更に範囲が広がる。

 南街区と中央街区全体にまで感知できるようになった。

 だが、警ら中の魔壊士達の魔力しか捉えられない。


 四段目を展開させるとフェルガイアの町全体を覆うほどに広がった。

 しかし、やはりどこにも魔物が放つ魔力は捉えられなかった。


 ということは、この町には魔物は潜んでいないことになる。

 だがそれでは、これまでの被害を説明できない。

 まだ何か足りないのか?


 怪訝に思っていると、クルトが助言してくる。


「探知範囲は魔力が尽きぬ限りどこまででも広がる。だがそれでは、ただ単に薄く広く伸ばしているだけにすぎない。より高度な偽装魔法を暴くには探知能力の深さと濃さが重要になってくる」

「深く……濃く……?」

「魔角を繋げられるのは一方向だけではないぞ」


 一方向だけじゃない……?

 そうか!

 一辺に対して一つの魔角しか繋げられないと思い込んでいたが、いくつ繋いでもいいんだ。

 それなら一段目に重ねるように立体的に組み上げることも可能だ。


「よしっ」


 早速、起点となる魔角基から別の魔角を連鎖させる。

 見た目的には魔角が二重になったように映る。

 一段目の魔角が多重で繋がった直後だった。


 間近に強めの魔力を捉えた。

 それは人間が持つ魔力とは違う、禍々しいもの。


 俺は即座に頭上へ目を向ける。

 すると、そこあった家の屋根が不自然に歪むのを見た。


「パパ! 上っ!!」


 咄嗟に俺は叫んだ。

 刹那、クルトは反射的にその場から飛び退く。

 と、同時に彼がさっきまで立っていた地面が抉られたように大きく陥没する。

 屋根の上から巨大な何かが落下してきたのだ。


 クルトはすかさず、その落下地点に向かって斬撃を繰り出す。

 途端、空間が歪んで弾けた。

 偽装魔法が消し飛んだのだ。


「こいつは……」


 現れた魔物の姿にクルトとアイラは驚愕する。

 それは人間の身長の三倍はあろうかという巨大なムカデだった。


 黒光りする鎧のような体皮。

 無数に蠢く脚。

 長大な体を威嚇するコブラの如く起こし、口元にある刃物のような牙を擦り合わせ不快な音を立てている。


 こいつが住民を襲っていた犯人か?

 何か違和感を覚えたその時だった。


「ギギギ……ウ……ウマソウ……」

「!?」


 俺は目を見張った。

 それは明らかに眼前の魔物から発せられたものだった。


「魔物が……しゃ、しゃべった!?」

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