第26話 ワイルドカード
「えっ、僕も連れてってくれるの!?」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
我が家での昼食の席。
父クルトが魔物討伐を見学しないか? と誘ってきたのだ。
それは強くなることを望む俺にとって願ってもない提案だった。
黒蟻、土蜘蛛退治に続いて、こうも早く次の機会がやってくるとは思ってもみなかった。
もちろん俺は二つ返事でOKした。
「だが今回はこの前とは少し勝手が違う。だから俺の言うことには必ず従うんだぞ?」
「うん、分かったよ。それで前と違うって、何が違うの?」
そこでクルトは真剣な眼差しを向けてくる。
「危険な状況に陥る可能性がある」
「それって、敵である魔物がパパよりも強いかもしれないってこと?」
「……!」
彼は面食らったような表情を見せた。
「はは、はっきりと言ってくれるなあ。その可能性が無きにしも非ずってことだ。だから、今回は俺の指示に絶対に従ってくれ。無理だと思ったら逃げることも大事なことだ。まあ、そうならないことを願いたいがな」
「あなた……本当にネロを連れていくの?」
ディアナが心配そうに言う。
「分かっている。俺も無理はさせたくないのは同じだ。しかし、これから先の未来をネロが生き抜くにはどうしたらいいかって考えたら、強くなることだって気付いたんだ。しかもこの子には、その素質が充分にある。できるだけ多くの経験を積ませ、強くなって欲しい。それこそが彼自身の身を守ることにも繋がるのだから」
そうそう、分かってるじゃないの。
俺もその考えに同意するよ。
無力では何も成せないからね。
それは前世で身に染みて分かっている。
「そうかもしれないけど、だからといって今じゃなくても……」
「大丈夫、ネロのことは俺が絶対に守るから。それに、もしもの時はアレに頼るから心配無い」
アレ? アレってなんだ??
気になっていると、ディアナはそれが何を指し示しているのか分かっているようで――。
「そう……それなら安心できるわね」
さっきまで全然乗り気ではなかったのに急に考えを変えてきた。
えっ、ちょっ……何?
そのアレってやつは、そんな簡単に意志が変わるほどのものなの??
凄く気になるじゃないか。
これは聞くしかないだろう。
「ねえパパ、アレってなあに?」
「ん? ああ、錬金術で作られたアイテムのことだ」
錬金術というのは、人類が魔角を手にする以前に使われていた古の魔法術なのだとか。
大昔は魔法を具現化するには錬金術を使うしか方法が無かったらしい。
今では失われてしまった術も多いが、いくつかの錬金術は使用法が残っている。
俺を誕生させた人体錬成もその中の一つだ。
ただ、瞬時に魔法を放てる魔角と違って、研究室的な場所で事前に魔法を作り上げておかなければならない錬金術は使い勝手が悪く、次第に衰退していってしまったんだそうだ。
現在ではその術を知る人は多くない。
クルト達も俺を誕生させるという目的が無かったら、わざわざ調べたりはしなかったという。
我が家には地下室がある。
俺が入っていた培養槽が置かれていた部屋だ。
クルトが言うアレとは、半ば錬金術の研究室と化しているその部屋で作ったアイテムだという。
「もしもの時を想定して持っておくだけだ。できれば使わないで済んだ方がいい。まあ、ネロが心配するような事じゃないさ」
「……」
そんなこと言われると余計に気になるじゃないか。
凄く強力な魔法が込められたアイテムとか?
それとも追い詰められた時に観念して使う……自爆アイテム!?
まさかな……。
しかも、それをわざわざ口にするって……使うフラグが立ってるようなもんだ。
とはいえ、そう言われてしまうとそれ以上は聞きづらい。
その代わりに……というわけじゃないが、今回の依頼についての詳しい情報を聞くことにした。
それで分かった事は、前回の土蜘蛛の事案と同じように住民が忽然と消えてしまうということだった。
ただ少し違うのは、前回は被害が地域一帯に及び、大人数がさらわれたのに対し、今回は一度に一人ないし二人程度の被害で、次の日には現場が移動してしまうのだとか。
それから分かるのは、犯人が目撃されるのを極端に嫌っていること。
そして、本能が赴くままに食い散らかすのではなく、自分なりのルールを以て犯行に及んでいることだ。
明らかに黒蟻や土蜘蛛とは違った影を感じる。
「犯行は夜間に集中して行われている。だから、出発は日が暮れてからだ。ネロにとってはお眠の時間だが大丈夫か?」
「全然、平気だよ」
実際、子供の体なので体力が少なく、すぐに眠くなるのだが、一晩くらいはなんとかなるだろ。
今から昼寝でもして整えておくか。
そんな事を考えていると、目の前で林檎パイの屑を口の周りにいっぱいくっつけていたルクスが不思議そうに尋ねてきた。
「にぃに、どこかいくの?」
「うん、ちょっと魔物退治にね」
「がんばってね」
「ああ」
ルクスは再び林檎パイを口いっぱいに頬張った。
ほんと、それ大好きだよなー。
あと、まだ幼くて状況をはっきりと理解していないながらも、あっけらかんとした感じで応援してくれるところが可愛らしい。
「旦那様もネロ様もお気を付けて」
家族同様に同じテーブルで食事をとっていたイーリスが心配そうに言ってくる。
「何か必要なものがありましたら夜までに準備しておきますが」
「ああ、助かるよ。じゃあ、あとで欲しいものを書き出しておく」
「分かりました」
クルトとイーリスがそんなやり取りをしていると、隣に座っていたディアナが食事の手を止めて俺の手をそっと握ってきた。
「ネロ……本当に気をつけるのよ?」
「うん、分かってる。心配かけてごめんね」
ディアナは、いつも俺のわがままに付き合わされて心労が溜まっていることだろう。
だから労いの意味も込めてそう言ったのだが……。
「ネロ……」
「……!?」
体ごと彼女に引き寄せられる。
そのまま俺はディアナに強く抱き締められていた。
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