第25話 大神官

◆クルト視点◆


 クルト・アルムスターは教会に来ていた。

 教会の長である大神官、ボニファティウスに呼び出されたからだ。


 国の行く末を左右する程の存在、魔壊士。

 それらを取りまとめる教会で最高位に座する大神官は、国王に次いで大きな影響力を持っている人物だ。


 大神官に会うのはクルトが呪いを受けることになった国外への遠征討伐――その結果報告へ出向いた時以来。

 普段の魔壊士としての任務は二級神官から言い渡されるので、顔を合わせるのはそういった国家レベルでの勅命や行事くらいでしかない。

 そんな人間が、わざわざ呼び出しを行うということは、それ相応の理由があるはず。

 クルトはやや緊張しながらも、大神官が待つ部屋の入口を心して潜った。


「クルト・アルムスター、参りました」

「よく来てくれた」


 大きな円卓を挟み向かい側に立つ、白髭を生やした初老の男。

 彼こそが大神官ボニファティウスだ。

 要職にある威厳や風格を感じながらも、どこか温かみも覚える不思議な人物。

 そんな彼は目の前にある椅子をクルトに勧めてくる。


「まあ、楽にしてくれたまえ」

「はい」


 室内には彼の姿しかなかった。

 普段、そばに控えている一級神官の姿も無い。

 そこに違和感を覚えた。


 ボニファティウスが向かい側に座るのを待って、クルトは席に着く。

 そうするや否や、彼の方から口を開いた。


「子息のことだが、第七魔角級の判定が出たそうじゃないか」

「ええ……はい、お陰様で。私自身も驚いております」


 いきなり息子の話が出たことで戸惑った。

 伝説に近いレベルの第七魔角級の発現だ。ネロのことが伝わっていてもおかしくはない。いや寧ろ、伝わっていなければおかしい。

 しかしそうであっても、いきなりネロの話題から入るとは思ってもみなかったので反応がぎこちなくなってしまった。


「よもやホムンクルスから魔力持ちが生まれるとは、我々は常識を改めないといけないのかもしれないな」

「それは私も痛感しております」


 一番驚いているのはクルト自身だった。

 子供が欲しい。

 ただその一心でホムンクルスに頼っただけだったのに、まさかこれほどまでに才能に溢れる子が産まれるとは思ってもみなかったからだ。


 ネロは恐らく、この国の未来を救ってくれる大きな人間になる。

 そう確信している。


 それが誇らしくもあり、同時に不安でもある。

 我が子が自分の意志とは関係無しに戦いへ巻き込まれて行くことへの不安だ。

 あれだけの才能があれば、周囲からはその力を求められ続けるのは当然の流れ。

 危険に晒されることも多くなってゆくだろう。


 第七魔角級であるが故、大抵の苦難は乗り越えられる。

 だがそれでも、精神はまだ子供だ。

 経験の足りなさから危機に陥ることもあるだろう。


 それに今はまだ戦いの凄惨さが分かっていない部分もある。

 もう少し大人になった時、その運命に抗いたくなることがあるかもしれない。

 その時、自分は何をしてやれるだろうか?

 ただ一つ確実に言えることは、常に息子の味方でありたいと思うこと。

 それはディアナも一緒だ。


「子息の名はネロ……と言ったか?」

「はい、そうです」

「ネロはその齢にして、既に魔法を使いこなしているそうだな」

「ええ、まだ荒削りな所はありますが、吸収力の早さと戦いへの勘の良さは目を見張るものがあります」

「うむ、それは成長が楽しみだな。土蜘蛛退治にも大いに活躍してくれたそうじゃないか」

「ええ……それはまあ……」

「報告では両親の属性を二つとも受け継いでいるとか? しかもそれを同時に扱ったとも聞いているが」

「はい……確かにその通りです。前例の無いものですから、私も戸惑いました。しかしそれも、第七魔角級という未知の才があってこそのことだと……」

「無論、そうであろうな」

「……」


 クルトは答えながら疑問に思っていた。

 わざわざ大神官が会って話そうと呼び出したのだ。そこには何か差し迫った重大な事柄があるはずだ。

 しかし、話の切り出しはネロのことばかり。

 儀礼的な挨拶だったとしても本題に入るまでが長すぎる。

 何か意図するものがあるのだろうか?


 ここは思い切ってこちらから尋ねてみよう。

 そう思った時だった。


「何故、息子のことばかり……そう思っておるだろう?」

「え……ああ、はい」


 こちらの考えていることを先読みされたようだった。

 クルトは素直に頷くしかなかった。

 そこでボニファティウスは長い白髭をひと撫ですると、クルトの瞳を見据えた。


「これから話す内容に、全く関係が無いというわけではないからな」

「それは……どういうことですか?」


 クルトの中に不安がよぎった。


「先般の住民失踪事件……まだ決着が着いておらぬようなのだ」

「……!」


 それは意想外の話だった。


「また土蜘蛛が現れたのですか?」

「何かまでは、まだ断定できておらん。ただ、住民の姿が忽然と消えてしまうという点では一緒だ」

「では、やはり……」

「偽装能力……ということも考えられる」


 土蜘蛛の偽装魔法は壁や木々など風景に似たものを作り出すだけでなく、自身を周囲に溶け込ませることにも利用される。

 いわゆる昆虫で言うところの擬態というやつだ。


 その能力があれば気付かれずに町へと侵入し、住民を糸で捕縛して人知れず連れ去ることができる。

 今の所、他にこの偽装能力が確認されている魔物は数種確認されている。

なので事件の犯人が土蜘蛛以外である可能性もあるのだ。


 無論、黒蟻型のような低級魔物が住民を捕食してしまった事例も考えられる。

 しかし、その場合は人の目に触れる確率が高くなる為、目撃情報が自ずと集まってくるはずだ。

 今回、それが無いということは低級魔物が関係している可能性は低いだろう。


「だが今回の敵……私は土蜘蛛ではないと踏んでいる」

「……なぜですか?」


 ボニファティウスは目を細める。


「既にグートシュタイン家の者を調査に向かわせているのだが、まるでその手から逃げるように被害地域が移動しているのだ。先々週は西街区で被害が出たので、その周辺の調査を依頼したのだが、次の週には被害地域が東街区に移っていた。すぐさま現場に向かわせてもこちらの動きが分かっているかのようだ。今は全域に監視を置いているが、それをも掻い潜り被害が起きている。しかも本能のままに食い荒らすわけでもなく、一度の被害は一人か二人に留まっている。まるで我々を嘲笑うかのようだ」

「それは、もしや……」

「うむ……少なくとも中級上位……またはそれ以上の魔物ではないかと……」

「……!」


 背骨が凍りつくような感覚に陥った。

 中級上位といったら第五魔角級相当。

 クルトにとって互角かそれ以上の敵の存在を意識すると、無意識に体が震えた。


「明らかに中級下位である土蜘蛛よりも知性を感じる。その可能性は捨てきれない」

「……」


 クルトは過去に一度だけ中級上位の魔物と戦ったことがある。

 その時は辛うじて勝利することができたが、気を抜けば簡単にあの世逝きだったと思っている。

 ましてや上級が相手ではもう歯が立たないだろう。


 偶然にも更にその上を行く魔人と相対したこともあったが、あれはもう別格だ。

 戦うとかいうレベルではない。

 逃げ切れるかどうかを考えるより死を覚悟した方がいいくらいだ。


 ともかくこの町に、国に、脅威が迫っていることは確かだった。

 それに立ち向かう為に自分が呼ばれたのだと理解する。


「土蜘蛛討伐の疲れが癒えぬうちで申し訳ないが、グートシュタイン家に合流する形でフェルガイア魔壊御三家であるアルムスター家にもこの調査に加わってもらいたい。本来であればギースベルト家にも依頼したいところだが、今は遠征に出てしまっているのでな……引き戻すには時間がかかる。……行ってくれるだろうか?」

「それはもちろんです」


 この都市国家フェルガイアには魔壊御三家と呼ばれる貴族家がある。

アルムスター、グートシュタイン、ギースベルトの三家だ。

 どの家も代々、第五魔角級を受け継いでおり、この国で事実上最強の貴族家と謳われている。

 アイラの家も第五魔角級を受け継ぐ家系だが、彼女の家は訳あって御三家からは除外されていた。


 御三家でも敵わない相手ならば、他にこの町を守れる者はいない。

 断るという選択は無いに等しい。


 ただ、そこで気になる所があった。

 ボニファティウスはクルト個人ではなく、アルムスターへの依頼だと言った。

 ディアナが戦えないことは彼も知っている。

 ということは……。


「ネロの話をしたのは、そういうことですか……」


 クルトが尋ねると、ボニファティウスは髭を撫でていた手を下ろした。


「ふむ、最悪の事態を考えた場合、第七魔角級の力は無視できない。土蜘蛛の偽装を看破した実績もある。被害が今よりも広がらぬ内に解決に至るには彼の力も必要だと考えている。無論、彼が経験の浅い子供であることも承知の上で話している」


 確かにネロの才能は突出している。

 成長の早さも目を見張るものがある。

 今の状態でも実戦で充分、戦力になるだろう。


 ただそれは低級の魔物を相手に考えた場合だ。

 本能を剥き出しにせず、思考して襲ってくる敵……要するに中級上位以上の魔物を相手にする場合は子供では荷が重い。


 経験値の差だけでなく、体の小ささからくる体力的な不安もあれば、筋力の未成熟さもある。

 いくら身体強化魔法を駆使したところで、元となる体力、筋力は大人よりも劣るのだから。

 できることなら、我が子を参加させたくないのが本音だった。


「親としての心中も察する。だが、そこを敢えてお願いしたい」


 勝手なことを。

 クルトは内心で吐き捨てた。


 危険なのが分かっていて敢えて我が子をその場に晒す親など、そうそういないだろう。

 だが、ボニファティウスの言う通り、第七魔角級の力を無視できないのは確かだった。


 クルトは一呼吸の間を置いた。

 もし何かあっても自分が必ずネロを守り抜く。

 その思いを胸に顔を上げる。


「分かりました」

「そう言ってくれると助かる」


 それで話し合いが終わり、退室しようと踵を返した時だった。


「ああ、それと……」


 呼び止められて振り返る。


「人材保護の観点から、教会が積極的に幼児を戦いに向かわせるようなことは表立って依頼することはできない。すまないが……あくまで先般のように学習見学という形でお願いしたい」


 ――一級神官が同席していないのはその為か。

 教会にはこれまで良くして貰ってきたが、ここに来て初めて苛立ちを覚えるのだった。

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