第24話 魔法特訓
「前衛は定型魔法を基軸に魔法を組み上げてゆく戦い方だけど、後衛ほど大きな魔法は使えないわ。後衛には後衛の良さがあるの。無理に前衛の真似をしなくていいのよ」
ディアナの言う通り、後衛は前衛に守られている間に強固で強力な魔法を構築し、最後のトドメを刺すような役割なのだろう。
それが後衛の利点でもある。
しかし、そうは言っても……。
「そうは言っても近接戦で使えそうな魔法が知りたい……でしょ?」
それはまるで俺の心を見透かしたかのようだった。
呆気に取られている俺を見ながら彼女は微笑む。
「なんで? って、顔してるわね。だって私の息子なんですもの分かるわよ。ネロって、一度やりたいと思ったことは納得しない限り諦めたりしないものね」
「ま、まあ……」
完全に読まれていた。
これが母親の力ってことか?
中身の俺は血の繋がってない他人なんだけどなー……。
「仕方が無いわね。じゃあ、咄嗟に使えそうな魔法を一つ教えるわ」
「え、あるの!?」
「もちろん私達、後衛には定型魔法のようなものは無いから、あくまで魔法構築をルーティーン化して発現速度を上げるというだけなんだけど」
「それって……」
「構築した魔角を決まった形――いわゆる魔角式として覚えて、反射的にいつでも出せるようにしておくってこと」
結構複雑なことでも日常生活で習慣化して無意識にやっているようなものもある。
それみたく公式を感覚に染み込ませろってことか……。
いつも同じ魔法を使っていれば身に付きそうではあるが……。
「見ていて」
そう言うとディアナは両手を体の前で構えた。
左右の手、それぞれに別の魔角が構築されてゆくのが見える。
「右手はネロに一番最初に教えたウォーターボールの魔角式。これはそんなに複雑な魔法じゃないから、もう意識しなくても構築できるんじゃないかしら?」
確かにウォーターボールは魔力に属性を与えて放つだけの魔法。
既に手足のように即、放てるようにはなっている。
ただ、単純であるが故に分解されてしまう確率も高いだろう。
「で、左手のこれはウォーターショットの魔角式。水の塊を散弾のようにして撃ち出す魔法よ。これも然程、難しい魔法じゃないからすぐに覚えられると思う。そしてこの二つを……」
言いながら彼女は両手を胸の前で合わせる。
すると、ある変化が起こった。
「!?」
二つの魔角式が合わさり、一つの魔角式に合成されたのだ。
しかも、元の魔角式の名残はありながらも全く違う式へと変貌している。
「これが魔角式合成。そして出来上がったのが――」
ディアナは魔角に覆われた右手を前に突き出す。
直後、彼女の手から五本の水流が放たれた。
その一つ一つがまるで水でできた蛇のようにうねり、ある程度の距離まで飛ぶと、飛沫となって霧散した。
「今のがハイドロサーペントよ。蛇のように蠢く水柱を手足の代わりに操ることができるから近接戦では重宝すると思うわ。それに簡単に組める魔角式を二つ合成させることで発動までの時間を短縮。加えて、元のものよりも強力な魔法になるから分解されにくいの」
「すごい、すごーい」
離れた場所からそんな声が聞こえてくる。
軒下のベンチで見学しているルクスの声だ。
幼い彼にとっては魔壊士が使う魔法は新鮮なものに映ったのだろう。
手を叩きながら瞳を輝かせていた。
俺も別の意味で驚いていた。
魔角式合成なんて方法があるとは思ってもみなかったからだ。
確かに予め把握している魔角式を合成するだけなら、一から魔角を構築するよりも素早く魔法を放てる。
咄嗟の判断が必要な近接戦には持ってこいの方法だ。
だが……。
違和感を覚える。
なんか、俺が前に土蜘蛛戦の時に使おうとして不発だったウォーターバイトに似ているなぁ……とか、そういうのもあったが……なんていうか、もっとこう根本的な……。
「そんな感じで身体強化と組み合わせれば強い味方になってくれると思うわ。でも、ウォーターショットのルーティーン化に少し手間が掛かると思うし、合成のコツを覚えるのも結構時間が掛かるから、そこは精進ね」
ディアナがそう言うや否やだ。
俺の中に衝動が沸き起こる。
「ちょっとやってみる」
「えっ……?」
彼女が唖然とする中、俺は
すると七角形の魔角基が形成され、そこを起点に全ての辺を繋いだ連鎖が始まる。
構築された魔角に魔力を流し込み、属性を与えた直後、それは顕現した。
掌から五つ首の蛇――いや最早、蛇と言うには小さすぎる。
五つ首の竜にも似た水柱が放たれたのだ。
言うなればハイドロドラゴン。
「!?」
ディアナが仰天の表情を見せる中、五つ首の水竜は雑草を薙ぎ倒しながら水平に駆けると、突如急角度で折れ曲がり、上空に向かって飛ぶ。
そして二十メートルは昇ったであろう所で魔角を解放すると、水竜が弾け飛び、
辺りにスコールのような大粒の雨を降らせた。
よし、できたぞ!
ちょっと予定よりデカすぎてしまった感があるが、許容範囲内だろう。
とにかく俺の思っていた通りだ。
本来なら二つの魔角式を覚えて合成する必要があるのだが、俺には破眼という便利なものがある。
他者の魔角が視覚的に把握できるだから、わざわざ合成なんていう方法を使わなくとも既に合成済みの魔角をそのままコピーすればいいのだ。
今はディアナのハイドロサーペントをまんま真似したのだが、上手くいった。
ウォーターバイトに似ていたのでもしや……と思ったのが切っ掛けだったが、気づけて良かった。
これなら魔法発動が格段に早くなるぞ。
それにしても……、
「うへぇ……」
俺はぼやくと、口をへの字に曲げた
服が完全にびしょ濡れだ。
魔法を安全に処理する為だったとはいえ、もうちょっと良い方法がなかっただろうかと反省する。
とはいえ、前みたく家の塀を壊してしまうよりはマシだ。
今回はそういうことにしよう。
そんなふうに独り思い耽っていると、パチパチと小さな拍手が聞こえてくる。
「にぃに、すごーい! さっきのよりおっきいのがでたね!」
そう言ってきたのはベンチの上のルクスだ。
小さな手を叩いて力一杯感動を伝えてきている。
そんな姿を見ていると、自分がちょっと誇らしげに思えた。
「驚いたわ……もう習得してしまったの。というか、合成をしていなかったように思えるけど……?」
ディアナは未だ呆気に取られた様子で尋ねてきた。
「うん、合成はしなかったよ。僕、破眼があるから」
「そういえば、ネロにはそれがあったわね……。でも、一度見たからといって即座に真似できるほど簡単ではないと思うんだけど……」
「なんか、パパの身体強化魔法を見て真似た時、コツを掴んだっぽいんだ」
言った直後だった。
「んぅぅぅぅーっ……どうしてそんなに出来る子なの!? もぉぉっ、最高すぎっ!!」
俺はディアナに抱き締められていた。
心地良い温もりが伝わってくる。
穏やかで良い気持ちだが、彼女は母親とはいえ、中身の俺からしたら赤の他人の女性だ。
年齢もそう変わらない。
そう考えると、なんとも言えない複雑な気分。
とはいえ、悪い気はしないのでそのまま身を任せていると、次第に彼女の体がのし掛かってくるのが分かった。
これはちょっと重いかもしれない……。
てか、苦しいんだけど!
「ママ……?」
強く抱き締めるにしては、ちょっと様子がおかしい。
異変を感じた俺は、視線を彼女に向ける。
するとそこには虚ろな目で瞼を閉じかけているディアナの顔があった。
どうやら気を失いかけてるっぽい。
「ママ! どうしたの? 大丈夫!?」
俺は彼女の体を支えた。
だが、さすがに成人女性の全体重を支えるには、この体では小さすぎる。
ここは魔法で身体能力を強化するしかないか。
そう思った矢先、
「うう……あっ!? ごめんね! 大丈夫だった?」
ディアナは我に返ると慌てたよう身を起こし、こちらを心配してくる。
「それは僕の台詞だよ。どこか具合が悪いの?」
「……多分、魔法を使ったからよ」
「え? それって……」
「うん、呪いのせい」
言葉とは裏腹に落ち着いた態度で言う。
「前にも言ったでしょ? あまり強力な魔法は使えなくなってしまったって。つい昔の癖で張り切りすぎちゃったのかもしれないわね。気をつけないと……」
表情の奥底に辛そうな雰囲気が垣間見える。
だが彼女は、そんなことをおくびにも見せず朗らかに笑って見せた。
「大丈夫よ。ちょっと目眩がしただけだから」
「本当に?」
「ええ、本当に」
「無理しないでね」
「ありがと、ネロ。優しいね」
そうやって微笑みかけられると胸がきゅっと締め付けられる。
自分が強くなる為だからと、これまで彼女に魔法を教わってきたが、こんな姿を見せられると積極的には頼みづらい。
リハビリには少しは魔法を使う方がいいらしいが、彼女の性格からして頼まれた事以上のことをやってしまいかねない。
そんなことで体を壊されるわけにはいかないのだ。
これからは無理をさせないように魔法を学べる環境を他に探すしかないだろう。
俺は心にそう誓うのだった。
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