第23話 前衛のお仕事
ディアナが焼いてくれた林檎パイは相変わらず絶品だった。
普段の食事はメイドのイーリスが作ってくれるのだが、たまにディアナが作ってくれるお菓子が最高に旨いのだ。
もちろん、イーリスの料理も美味しいんだけどね。
で、この林檎パイはルクスにも大好評で、貪り付くように無心で食べていた。
何度もお代わりをしていたので相当気に入ってくれたのだと思う。
全く知らない場所で、最初こそ強張った表情だった彼も食事を取ったら緊張が解けたのか時折、笑顔を見せるようになった。
そんなこんなでルクスを交えた五人家族での生活が始まり、数日が経っていた。
今日はディアナが魔法を教えてくれるというので庭に出ていた。
先日の剣術訓練で己の弱点が露呈してしまったので、今日の練習でそこを補えるような何かを掴めたらと考えている。
「にぃに、がんばれ!」
軒下にあるベンチから、声援が聞こえてくる。
ルクスだ。
彼はこの数日ですっかり家族に慣れ、俺のことを兄のように慕ってくれていた。
転生前の俺からしたら、かなり年の離れた兄弟……というよりかは、息子に近いくらいの年齢が離れているが、そうであっても俺のことをカルガモの雛のように付いて回る存在は愛おしく感じる。
前世では兄弟はいなかったが、これはなかなか良いものだ。
折角だからルクスも一緒に――とも思ったが、彼はまだ魔力判定の年齢に達していないらしいので今回は見学ということになっている。
ちなみにフィーネもいない。
彼女の家は近所というわけでもないので、アイラが尋ねてくる予定があるとか、タイミングが合わないとなかなか一緒に練習はできないのだ。
「さあ、今日は何をしましょうか?」
俺の前に立っていたディアナがそう言ってきた。
「やっぱり、同じ魔法を安定して放てるような訓練がいいかしらね?」
彼女は無難とも言うべき内容を提案してきた。
確かにいつでも同じ魔法を同じ威力で放てるというのはかなり重要なことだ。
戦いの最中で魔法効果にむらがあったら、それが命取りになる可能性だってあるのだから。
それに彼女は先日の黒蟻&土蜘蛛討伐の際に、俺が使った魔法のことをクルトから聞いて知っている。
彼女からしたら、そんな変則的な魔法ではなく、基本をしっかりと固めて欲しいいのだと思う。
それが息子の身の安全にも繋がると考えているのだ。
それは、ありがたいことなのだが……。
多分、それは一人でも練習できる。
今は彼女からしか得られないようなことを教わりたいのだ。
「僕、教えて欲しいことがあるんだけど……」
「ん? 何かしら?」
「素早く構築できる近接戦用の魔法が知りたいんだ」
「どうしてそんな魔法を?」
ディアナは当惑している様子だった。
だが、俺からしたら至極当然な流れ。
先日のクルトとの剣術訓練に於いて、俺は後衛タイプであるが故に近接戦闘には向いていないと指摘された。
しかし、近接戦用の魔法をいくつか知っておいても損は無いと思ったからだ。
その事を素直に話した。
すると、彼女は渋い顔をする。
「それはあまり、おすすめはできないわね……」
「えっ、どうして?」
「魔法の質に関わってくるからよ」
質? クオリティ?
って、どういうことだ??
「属性魔法はね、どれだけ魔角を連鎖させられるかが重要なの。接近戦では咄嗟に魔法を放たなくてはならない場面が多く出てくるでしょ? そうなると、どうしてもすぐに組まなくてはならないので簡単な構築になってしまうわ」
「それに何か問題があるの? 単純な魔法でも早く放てれば、それだけでかなり優位だと思うんだけど……。もしかして威力が落ちるとか?」
実際、俺が近接戦に追い込まれたとしたら、属性付与した魔力そのものを放つ程度しかできないだろう。それくらい構築にかける時間が無いはずだ。
「それもあるわね。でも一番の問題は魔法を分解されてしまうことよ」
「分解……!? それって……無効化されてしまうってこと?」
「意味としては近いわね。属性魔法は魔角の構築が単純であればあるほど外力に対して脆弱なものになるわ。例えば、自分が放った魔法よりも上手の魔法や攻撃を当てられたら簡単に分解されてしまうの」
そういえば……土蜘蛛が作った偽装の魔法をクルトが剣のみで切り裂いたのもそういうことか……。
「属性魔法はできるだけ詳細な指示と、具体的なイメージが魔角に伝わっていればいるほど、より強固に結びついて崩れにくくなるわ。一本の糸よりも、しっかりと編み込んだ布の方が頑丈なのと一緒ね」
「なるほど……だから後衛は前衛に守られながら、じっくりと魔法を構築する必要があるんだね……」
ん……?
いや、ちょっと待て……。
じゃあ前衛タイプの人間はどうなんだ?
前衛だって属性魔法を使っているわけだし、分解されてしまうリスクは同じじゃないのか??
それに近接戦が主になってくるので、自ずと簡素な魔法になりがちなはず……。
なら、どうやって?
「ねえママ、それだと前衛の人の方が魔法を分解されやすいんじゃないの?」
「それは無いわ」
「え……」
意想外の答えが返ってきて思わず固まってしまった。
「前衛タイプの人達は定型魔法持ちだから」
「定型?」
「定型魔法というのは、既に構築済みの魔角のことよ。定型魔法はそれ単体で存在するものなので、それ以上は分解できないの。クルトの火炎剣もそうだし、アイラの魔装も無属性の定型魔法ね」
それっていわゆるプリセットってこと?
そんな便利なものがあるなら、俺だって使いたい。
「その定型魔法っていうのはどうやって作るの?」
「作れないわ」
「??」
「定型魔法っていうのは生まれながらに持っている才能のようなものだから、後から作るなんてことはできないの。端的に言えば、定型魔法を持っているが故に前衛ってことになるのよ」
「……」
なにそれズルい……。
チートじゃん!
俺は内心で吠えるのだった。
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