第21話 剣術指南
土蜘蛛の巣の中で奇跡的に生き残っていた少年は、我が家で一時的に保護することになった。
被害が多かった地域で少年の身元を洗ってみたが、家族や親類と思われる人間が見つからなかった為だ。
恐らく、家族ごと土蜘蛛の犠牲になってしまった可能性が高い。
教会に報告の上、更なる調査をお願いしているが、該当の地域は他所から移住してきた人達が多いと聞いている。その上、近所付き合いが薄いとなれば、少年の身元引き受けはかなり困難が予想される。
ちなみに事後処理で判明したことは、あの一件での生存者は彼一人であることと、遺体の中には腐敗が進み身元が判別できない者が多数あったということだった。
そんな少年は現在、我が家の空き部屋で眠りに就いている。
だいぶ体力を奪われているようで、完全に回復するまでには時間がかかりそうだ。
保護した少年に関しての事柄は現時点ではそれくらい。
で、今の俺はというと……。
家の庭で木剣を持って突っ立っていた。
眼前には同様の木剣を持ったクルトが立っている。
今日は彼から剣術を教わる約束をしていたのだ。
先日の土蜘蛛で自身の身体能力の危うさを悟った。
いくら魔法が使えたからといって、それよりも早く懐に入られたら一溜まりも無い。
早い内に物理的な近接戦闘技術を身に付けておかないと、いつか命を落とすことになるだろう。
だから剣を主体とする戦闘スタイルの彼に指南を頼み込んだのだ。
俺の隣にはフィーネもいる。
彼女も剣術を習いたいと言ってきたので、一緒に指導してもらえることになっている。
「やっぱり、まだ剣は早いんじゃないか?」
クルトは俺達を見渡しながら、少々困った様子だった。
「剣を振り回せるほどの身体能力がまだ備わっていないし、体がもう少し成長してからでいいと思うんだが……」
「大丈夫だよ。剣も身長に合わせて短めになってるし、身体能力が伴わないのは承知の上。この体で出来る最大限のことをやりたいんだ」
すると彼は怪訝な表情を見せる。
「ネロ……僅かな間に大人みたいな事を言うようになったな……」
「えっ……そ、そう? パパの影響かな? はは」
「ん、そうか? そうなのか……うむ。ははは」
やけに嬉しそうだ。
「そこまで言うのなら教えてやろうじゃないか。じゃあ、まずは素振りからだな」
「え……素振り……」
聞いた途端、それはちょっと……と思ってしまった。
もちろん基本は大切だ。
それは分かる。
だが、実戦の中で覚えてゆく方が最も早く身に付く方法だと思う。
どう動けば、どう対応できるのか? 感覚的に体に染み込ませることができるからだ。
無論、基本が成っていない分、最初は苦労する。
しかし、感覚を掴んだ時の伸びの早さは、大きな違いが出てくる。
荒削りでも俺はそっちを選びたい。
「パパ、実戦形式でやりたいんだけど……」
「何? 実戦形式だって? そいつはいくらなんでも無理だろ……」
「じゃあ二対一でどう? フィーネと二人でなら一人分にはなるんじゃない?」
俺は横目でフィーネの様子を窺う。
すると彼女は頷き返してくれた。
そこでクルトは溜息を吐く。
「ふぅ……パパも舐められたもんだな。さすがに二人でも一人分にはならないと思うぞ。まあ、いいだろう。実際に剣での戦いというものがどんなものなのか、体験してみるといい」
「やった、ありがとう」
一気にやる気が上がってきた。
この機会にたくさん吸収するぞ。
とは言っても、もちろん大人に太刀打ちできるとは思っていない。
この体で、どこまでやれるかが知りたいのだ。
「よーし、準備はいいぞ。いつでもかかってこい」
彼は特に構える様子も無く、自然体で立っていた。
俺は考える。
少しでもクルトについて行く為にはどうしたらいいだろうか?
そこで思い付くのは、先日の土蜘蛛戦で彼が見せた身体強化らしき魔法だ。
あの時、クルトの敏捷性と跳躍力が急激に上がったように見えた。
あれと同じものが俺にもできれば、少しはついて行けるかもしれない。
でも、どうやれば?
魔法を使う際は、魔力に属性付与をしなければならないと教わった。
ということは、クルトは火属性の魔法を体にまとわせたのか?
いや、そんなことをすれば炎の剣と同じように体が火に覆われるだけだ。
上手いことやらないと火達磨になってしまいかねない。
じゃあ状態変化でなんとかするのか?
炎を足の裏から噴射して機動性を上げるとか?
いやいや、ロボットアニメじゃあるまいし、そんなのは現実味が無い。
実際、クルトの足からはバーニアみたいなのは出てなかったし。
なら他にどんな方法が?
改めて記憶を辿ると、この目で見た時にはクルトの脚を覆った魔角には属性が付与されている様子はなかった。
ということは、無属性の魔力だけを流している?
ん? 無属性?
俺はそこで引っ掛かりを覚えた。
そういえばアイラも無属性を主体とした戦闘スタイル。
魔装で覆った彼女のショルダータックルは身体強化の一種といえば、そのようにも思える。
もしかして……属性を付与せず、そのまま魔力を流せば状態変化のみでいけるのか?
もちろん、その人の特性や鍛錬によって到達できる高みというものもあるのかもしれない。
だが、無属性であれば、そのまま魔力を体に流し、状態変化で僅かながらに筋力や頑強さを強化できるような気がする。
クルトもこれを行っているのかもしれない。
ともかく、試してみる価値はあるな。
「おい、来ないのか? やっぱり、止めとくか?」
クルトは軽い笑みを浮かべながら言った。
俺がなかなか動き出さないもんだから、怖じ気づいたと思っているっぽい。
「いや、行くよ」
そう言うや否や、俺は魔角を展開した。
手ではなく、脚に。
腰の辺りから両足の先にかけて七角形の魔角が連鎖してゆく。
そこへ魔力を流し、状態変化させるものは――脚力の強化。
途端、急激に足が軽くなった感覚を覚えた。
行ける!
そのまま俺は地面を蹴って、クルトへ距離を詰める。
「なっ……!?」
クルトは一瞬、目を見張った。
俺が予想外のスピードで迫ってきたからだ。
だが彼は即座に反応し、俺の攻撃を木剣で受け止める。
「お前……いつの間に身体強化を覚えたんだ……?」
「パパがやってたのを見て真似てみたんだけど、これで合ってるのかな?」
「真似って……見ただけで分かったのか……?」
そんなことができるのも俺に破眼があるからこそ。
魔角が見えるが故に、どんな構造で魔法が発動しているのか、視覚的に把握することができるのだから。
「合ってるも何も……完璧だ。フッ……こいつは俺もボヤボヤしてられないな」
クルトは口角を上げると、顔付きが変わった。
それは本気モード……というより、少年のような表情に見える。
この状況を楽しんでいるかのようだった。
「行くぞ!」
クルトは俺の剣を押し返すと、一気に前に踏み込み追撃を仕掛けてくる。
これを俺は後方へ飛び退いてかわした。
さすが歴戦を潜り抜けてきただけあって、太刀筋が全然違う。
いくら脚力を強化していても気を抜いたら一瞬でやられてしまうだろう。
ここは防戦に回る方が不利だ。
とにかく手数を多く出し、隙を窺うしかない。
俺は剣を構え、攻勢に打って出た。
魔角を腕にも展開し、腕力も強化する。
力が漲り、剣の鋭さが増す。
「……っ!? まさか二重に強化してるのか!?」
俺は更に攻撃の手を緩めず、あらゆる方向から斬撃を繰り出す。
これを全て剣で受け止めていたクルトは、あまりの手数に反応仕切れなくなったのか、遂に弾き返す力が弱まった。
俺の剣の上をクルトの剣が滑るのが見える。
力がすっぽ抜けたかのようになった時、眼前にクルトの頭が見えた。
今だ!
俺は隙を突き木剣を振り下ろした。
その刹那――、
「甘い!」
クルトの声が響いた。
すると、剣の上を滑った彼の剣が、側面から回り込むように俺の眉間目掛けて飛んで来たのだ。
しまった!? やられる……!
そう観念した瞬間だった。
木剣が弾かれる音がして一閃が止まった。
「ううぅ……」
俺の真横で弱々しいながらも耐えるような声が聞こえてくる。
そこへ視線を向ければ、見慣れた顔がそこにあった。
「フィーネ!?」
彼女が自分の木剣でクルトの攻撃を受け止めてくれていたのだ。
傍観者の方が戦況を見極め易いというのはあるが……いつの間に……?
と、驚きは束の間――、
「うう……手……しびしびする……」
フィーネは木剣を手放し、涙目でその場に座り込んでしまった。
そこはやはり子供だった。
それを見たクルトはこれ以上、続けるべきではないと思ったのか剣を降ろす。
「驚いたよ。さすがはアイラの娘だ。まだ魔角を扱えていないのに間に割って入るなんて。その度胸は母親譲りだな」
彼がそう言うと、フィーネは少しばかり得意気な顔を見せた。
「ネロも凄かったぞ。まさか身体強化まで使いこなしてしまうなんて思いも寄らなかった」
そう言ってくれるが、完全な負けだった。
フィーネが間に入ってくれていなかったら一本取られていた。
というか、これは取られたのも同然だった。
彼の方から手合わせを打ち切ってくれていなかったら、今頃普通にやられてると思う。
俺が勝利を確信したあの瞬間、クルトはわざと剣を持つ手を緩めた。
そしてあたかも対応が遅れ、動作がすっぽ抜けたように見せたのだ。
それが俺に油断と隙を作らせた。
これが歴戦の戦士の戦い方……。
経験値の差を思い知らされた。
しかも彼は、身体強化をしていないときている。
まさに完敗だった。
そんなことを考えていた俺のことを落ち込んでいると思ったのだろう。
クルトは頭を撫でてくる。
「お前は充分凄いことをやってるんだぞ? そこには誇りを持っていい。それにここで俺が負けてしまったら、親としてもうお前にしてやれることが無くなってしまう。そんなの寂しいじゃないか」
彼はワシワシと俺の髪を撫で回した。
「それにな、お前は俺のような前衛タイプの人間じゃないと思っている。これまで見てきた内容から、やはりディアナと同じ後衛タイプだと思う」
「僕が後衛?」
「魔物との戦いはパーティで挑むのが基本だ。近接攻撃の
言いながら視線をフィーネに向ける。
すると彼女はきょとんとしながらも、なんとなく意味を理解したのか照れ臭そうにしていた。
フィーネが相棒か……。
そんなふうに考えたこともなかった。
前衛で彼女が敵を抑えている間に俺が魔法を放つ。
そういうビジュアルが一瞬、浮かぶ。
でもそうなるには、だいぶ先の未来になりそうだが……。
「とりあえず、今の俺の戦い方は低級の魔物には通用しないから。あまり悄気ることはないってことを言いたかったんだ」
「そっか、さっきのパパがやったわざと視線を外したり、力を抜いたりするようなフェイクを入れる戦い方は、ある程度高い知能を持った相手じゃないと通用しないんだね」
クルトは目を見張った。
「おお、さすがだネロ。良く分かってるじゃないか。心理戦が通用するのは中級上位から上の敵が相手の時だからな。まあ、今のネロがそんな上位の魔物と相対する時なんて無いと思うが、一応頭に入れておくといい」
「うん、覚えとく」
俺も今の状態で上位の魔物と出くわしたりしたくない。
心理戦も含め、もっと技を磨かねばと思うのだった。
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