第19話 巣窟
「まさか、二つの属性を同時に扱えるとはな……」
クルトは驚きを通り越して最早、平常心でいた。
「しかもそれが反属性であるってだけでもう常識外なのだが……その上、そいつを融合とか……。もう理解が追い付かない状態だが、これが第七魔角級の成せる業ってことなんだろうな」
俺が不安そうにしているのを悟ったのか、彼は頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「凄く助かったぞ。お陰で黒蟻を全滅できた。魔壊士としての仕事をこの歳でもう、やって退けたんだ。とても誇らしいことさ」
「私も同感だ。まさか、ここまでとは……」
そう言ってきたのはアイラだ。
彼女のそばにいたフィーネも俺に羨望の眼差しを送ってきているのが分かった。
そう言ってくれるのは嬉しいし、有り難いのだけれど……俺自身、まだ魔法の魔の字も学び切れていないと思っている。
両親に基礎を教わって半年、独自に試行錯誤しては来たものの、まだまだ魔法の世界は奥深い。
こんな付け焼き刃では、いつかは手詰まりになる時が来る。
そうならない為にも常に精進しなくては。
そんな事を思いながら、洞穴に目を向ける。
「そういえば、ここが黒蟻の巣だったんだね」
「そうだな。ここを拠点にして町に入り込み、人々を襲っていたのだろう」
しかし、それではおかしな所がある。
黒蟻の魔物は、それほど長い距離の巣穴は掘れないという話だったと思う。
見張り塔から見渡せば、すぐに巣穴の入口は見つけられるとも言っていた。
「でもパパ、この黒蟻はどうやってここまで穴を掘ったのかな?」
それとなく聞いてみる。
するとクルトの表情が真剣なものに変わった。
「こいつらは巣穴の偽装をしていただろ?」
「うん、魔法で周囲とそっくりな壁を作ってたんだよね?」
「ああ、だがその偽装魔法は、こいつらみたいな低級の魔物には扱えないんだ」
「ということは……別の誰かが魔法を使った?」
「そうだ、そしてこの穴を掘ったのも恐らくそいつだ。黒蟻共はそいつに便乗していたに過ぎない」
クルトはもうそれが何者なのか見当が付いているのだろう。
彼の意識は既に洞穴の奥へと向けられていた。
「ここから先は俺が対処する。そもそもネロ達はここまでを想定していたからな。ここで待っているんだ。魔装障壁の中なら絶対に安全だからな。さっきと同じようにアイラのそばから離れなければ大丈夫だ」
彼は一人で行こうとしているようだ。
「パパ、僕もお手伝いするよ」
「お手伝いか……」
クルトは微笑む。
「お前はあんな凄い魔法が使えるんだ。お手伝いどころか、今のままでも充分、魔物と渡り合える力を持っているだろう。しかし、まだ現場での経験が足りない。ふとした出来事に対処できない可能性がある。そういったことで命を落とした仲間を何人も見てきたからな。だから、わざわざリスクが高い場所へ連れて行きたくないんだ。子供を守るのが親の義務でもある。それに、父親として少しは格好付けさせてくれ」
そう言われてしまうと言葉を続け難い。
しかし、だからと言って彼一人で行かせるのは心配だ。
なら――。
「じゃあ、見学だけならいいでしょ?」
「んん?」
それは彼にとって意想外の返しだったのか、虚を突かれた表情を見せていた。
「アイラさんの魔装障壁は絶対だって言ったよね? だったら、そこからパパが戦うところを見てみたいんだ。それに戦い方を観察することも経験を積むことの一つだよね? 自分の命を守る為の術を学ぶこともできるんじゃないかな?」
すると、クルトは苦笑いを見せながら頭を掻く。
「まったく……ネロには敵わないな。分かった……見学を許そう。魔壊士として現実を直視しなければならない部分もある。それを知ってもらうには丁度良い機会かもしれない」
現実を直視しなければならない部分……って何だろうか?
気になる。
「だが、アイラのそばを離れちゃいけないのは約束だからな」
「うん」
「あとフィーネのこともお前がちゃんと支えるんだぞ?」
「分かった」
俺の勝手で彼女も連れて行くことになるんだ、そこは責任持たないとな。
「ということになってしまったが、いいか?」
「ああ、いずれは通らなければならない道だからな」
クルトがアイラに告げると彼女もそれで納得してくれたようだった。
俺達はその足で黒蟻達の死体の合間を抜け、洞穴の奥へと進む。
俺は怯えた様子のフィーネの手を取り、暗がりの中を歩く。
洞穴の大きさは水路とは比べ物にならないほど細く、大人の背丈ほどしかない。
そんな中を歩きながら、俺は前を行くクルトに尋ねた。
「ねえパパ、この先にいる魔物ってどんな奴なの?」
彼は前方に目を向けたまま歩きながら答える。
「これほど長い穴を掘れる上に、偽装の魔法を使う魔物といったら限られてくる。恐らく相手は中級の魔物だ」
「中級……」
って、一体どれくらいの強さなんだろう?
さっきの黒蟻が低級だってことくらいしか情報が無いので基準が分からない。
それに魔物も魔法を使うんだな……と今更ながらに思う。
その魔法は人間が使う魔法とはまた別のものなのだろうか?
色々と疑問が尽きない。
そんな事を考えていたら察してくれたようだ。
「そうは言っても、どれくらいの強さなのかネロにはピンとこないだろう。よし、丁度良い機会だから教えておこう。魔物は大きく四つにランク分けされているんだ。下から順番に低級、中級、上級、そして魔人というふうになっている」
魔人は知っている。
クルトとディアナに呪いをかけた奴だ。
魔物の中では最上位ということか。
「魔壊士の力と比べると、低級の魔物で第三魔角級相当。中級で第四から第五魔角級相当。上級で第六魔角級相当というのがおおよその目安だ」
その流れで行くと、魔人は俺と同じ第七魔角級相当ということになるが……。
「じゃあ魔人はどれくらい強いのかって話だろ?」
「うん」
「それは分からない」
「え……」
「順当に考えたら第七魔角級相当だが……なにしろ魔人を倒したという人間の記録が残っていないのだから見当が付かないんだ。第七魔角級相当なのかもしれないし、それ以上の強さなのかもしれない。ただ、第六魔角級の英雄が挑んで全く歯が立たなかったという話は伝わっているがな」
そんな恐ろしい強さなのか……魔人って奴は……。
「そうなってくると、自分の貴重さが分かるだろ? お前が人類の希望になるかもしれないんだ。だから俺は焦らず大事にお前を育てて行きたいと思っている……っと、話が逸れてしまった。魔物の話だったな。この先にいる奴は中級の中でも比較的弱い部類に入る魔物――〝土蜘蛛〟に違いない」
土蜘蛛……。
また虫系か。
魔物って虫型が基本なのか?
中級の中でも弱い部類ってことは、第四魔角級相当ってことか。
それならクルトが一人で行くと言い出したのも分かる。
「土蜘蛛は長い距離の巣穴を掘れる魔物だ。それに偽装の魔法が使えることも一致している。それと、粘着性の高い糸を体内から放出するのが特徴だ。周りを見てみろ」
クルトに促されて周囲に目を向ける。
すると、荒く削られた洞穴の壁面に白いものが点々と付着しているのが窺えた。
「そいつは土蜘蛛が放った糸だ。奴は巣穴を糸で満たす習性を持っている。壁面に付着している量が増えてきているから、そろそろ奴の住み処が近いぞ」
彼が言った通りの条件が揃っているので、これはもう土蜘蛛で間違い無いだろう。
緊張感を持って足を進めると、狭かった洞穴が急に開けた。
地中とは思えない広い空間。
例えるなら体育館ほどの広さはあると思う。
その壁面に隈無く真っ白な糸が張り巡らされていた。
まるで綿飴を張り付けたようにも見える。
その空間に気を取られる間も無く、強い違和感を覚えた。
この糸はただの糸ではない。
凹凸のある糸の合間に目を凝らして見ると、その違和感がなんなのかすぐに分かった。
「……! これは……」
それは人間の顔だった。
周囲を見回すと、同じような顔が無数にあることに気が付く。
まるでミイラのように糸でグルグル巻きにされ、顔だけ出した状態で壁に張り付けられていたのだ。
そして、その人達が全て死んでいると直感的に理解した。
思わずフィーネは目を伏せて俺の陰に隠れてしまった。
そんな彼女の肩に俺はそっと手を置く。
「辛いなら外で待っててもいいぞ」
クルトがそう言ってくる。
そこで同時に彼が〝魔壊士として現実を直視しなければならない〟と言っていたことの意味を理解した。
「皆、町からさらわれてきた人達だ。この場所はいわば、土蜘蛛の食料貯蔵庫といったところか……」
クルトはやるせない気持ちを奥歯で噛み締めていた。
これが魔物の脅威に晒されるということか……。
言葉では理解できていても、現実にこうして見せられると、初めてその恐ろしさを実感できる。
これは、あってはならないことだ。
怒りにも似た感情が芽生えようとした刹那だった。
「来るぞ!」
クルトが叫んだ。
途端、爆風が巻き起こり、地響きが走った。
「っ!?」
天井から大質量のものが落下してきたのだ。
舞い上がっていた土埃と糸屑が消え去り、視界が回復する。
すると、その先に見えてきたのは黄褐色の表皮と八個の紅い目を持つ――
巨大な蜘蛛だった。
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