第18話 反属性
黒蟻の魔物は俺達を見るなり、一斉に襲いかかってきた。
「アイラ! 子供達を頼む!」
「了解した」
クルトの指示を受けて、アイラが俺とフィーネの前に回り込む。
当の彼は、炎をまとった剣を片手に黒蟻の大群の中へ突っ込んで行く。
そして大群の真っ只中で、剣を横に薙いだ。
「旋風炎斬!」
それは言うなれば、回転斬りというやつだった。
クルトを中心として炎が竜巻のように舞い上がり、周囲の黒蟻を巻き込みながら燃やし尽くす。
それだけで一度に十数匹の黒蟻を倒すことができていた。
しかし――、
「くそっ……切りがねえ!」
彼が何度その技を繰り出そうとも、黒蟻は次から次へと湧いて出てくる。
それこそ無限にいるのではないかと思うほどに。
討ち漏らした個体が俺達の方まで飛び掛かってくるが、アイラが自前の剣でそれらを斬り捨てる。
だが、それも次第に手数が追い付かなくなり、彼女は両手を前に伸ばし魔装の魔法を展開する。
五角形の魔角が彼女の手を中心に連鎖拡大し、俺達の周囲に広がってゆく。
そこへ一匹の黒蟻が飛び掛かってきたが、見えない障壁にぶつかって地面に転がった。
どうやらアイラを中心として、ドーム状のバリアみたいなものが張られているっぽい。
これが防御特化型だと言われたアイラの魔法か。
お陰で黒蟻の攻撃を完全に防げてはいるが、このままでは攻勢に出ることができないし、クルト一人にその仕事を任せなければならなくなってしまう。
そのクルトもあの数を相手では次第に消耗してゆくだろう。
いくら一匹、一匹はたいしたことない魔物でも、数の暴力によって押し切られてしまうかもしれない。
この半年で鍛錬してきた俺の魔法で、なんとかできないものだろうか……?
魔物といっても見た目は蟻。
弱点といったら火が効果的だろう。
実際、クルトの魔法剣は魔物を仕留めている。
なら、火属性の魔法を出力高めで放てば、あの大群を一度にまとめて焼却できるかもしれない。
しかし、この狭い水路でそんなものを放って大丈夫だろうか?
爆発や煽られた炎でみんなに被害が及ぶ可能性がある。
アイラが作り出す障壁の中に退避してもらうという手もあるが……まだ問題は残る。
それだけの炎をこの狭い空間で放ったら、周囲の酸素が一気に消費され、酸欠……または一酸化炭素中毒になりかねない。
それでは元の木阿弥だ。
何か他に良い方法はないだろうか……?
そうは言っても俺に使える魔法は火以外では水しかない。
だからといって、あの大群を押し潰せるような水魔法を使えば、やはりこの狭い空間では同じような結果になってしまうだろう。
溺死は御免だ。
やはり一匹、一匹、地道に倒してゆくしかないのか?
まったく……火と水、両方の属性を持っていても役に立たなければ意味が無いじゃないか……。
そんなふうにもどかしい気持ちになった時だった。
火と……水……。
ん……?
そうか……!
不意にピースが嵌まったような感覚があった。
これなら行ける気がする。
俺はすぐさま、そばにいるアイラに問い掛けた。
「アイラさん、一瞬だけ、この障壁の外に出られないかな?」
すると彼女は目を見開いた。
「な……何を言ってるんだ!? 今、外に出ればあっという間に魔物の餌になってしまうぞ!」
「このままだとパパの体力が心配だから、僕が魔法で援護したいんだ」
「え、援護だと……?」
アイラは「本気か?」というような目で俺を見てくる。
「クルトから、ある程度、魔法が扱えるようになったとは聞いていたが……実戦は初めてだろう?」
「うん、でも大丈夫だと思う」
さらりと言い過ぎたのか、彼女は呆気に取られた様子を見せていた。
だが、すぐ我に返る。
「そうか……第七魔角級には私の知らぬ世界が見えているのかもしれないな……」
「じゃあ」
「だが、魔装障壁は解かん」
「え……」
今の障壁を解いてくれる流れじゃないの!?
「お前はクルトから預かっている身なのだぞ? それを見す見す危険に晒すわけにはいかないからな」
それもそうか。
俺に何かあったら責められるのは彼女の方だ。
それ以前に、俺自身の身を案じてくれているのが分かる。
しかし、そこで彼女は「だが」と続けた。
「だが、この場所からならいいぞ」
「それって……?」
俺が戸惑っていると、彼女はそれを察したようだった。
「魔装障壁は外側からの攻撃は跳ね返すが、内側からの攻撃は擦り抜ける性質があるのだ。だから、この場から魔法を使うのなら問題無い」
そういう性質があったのか。
そいつはありがたい。
周囲を気にせず魔法に集中できる。
「分かったよ。じゃあ、ここから魔法で援護するね」
俺はそう告げると早速、魔法構築の準備に取り掛かった。
右手と左手、それぞれに魔角基を展開させる。
流し入れた魔力に与える属性は、右手が火、左手は水。
その直後、俺の両手に火と水が視認できる形となって現れる。
「な……」
その光景を目の当たりにしたアイラは絶句した。
明らかに動揺の色が伝わってくる。
「二つの属性を……同時に発現しただと!?」
その狼狽した様子……何かマズいことをしてしまったのだろうか?
魔法の禁忌に触れるとか……命に関わるような危険な行為とか……。
まだまだ知らないことが多いので素で間違ったことをやりかねない。
不安になってきたので聞いてみる。
「あの……やっちゃダメだった?」
「いや……駄目というわけではないが……普通はそんなことはできないはずなのだ。そもそも二つの属性を持っていること自体、規格外なのだが……それを同時になんて……。しかも、それが本来は打ち消し合うはずの反属性同士……。同時に現出した状態で安定していること、そのものが奇跡だ……」
アイラは恐れにも近い驚き方をしていた。
それだけ、とんでもない事をしてしまっているのではないだろうか。
俺からしたら、二つの属性が使えるのだから、同時にだって扱えるはずだと思っただけなのだが……。
ともあれ、駄目ではないという確約は貰ったので、このままやろうと思っていたことを試す。
俺はそれぞれの手にある火と水を安定し易い球状に変化させる。
そこへ魔力を注ぎ込み、圧縮。
魔力が凝縮されて高エネルギーの火球と水球が出来上がる。
そして、ここからが本番だ。
左右の手にある火球と水球。
この二つの反属性魔法を一つにまとめる。
ここで気をつけなければならないのは、互いに打ち消し合って相殺されてしまうことだ。
そうならないように、それぞれを薄い魔力の膜で包んだ上で融合させる必要がある。
魔角が連鎖し、状態変化の条件を構築してゆく。
そして俺は、左右の手を正面で合わせた。
すると、火球と水球が一瞬、弾けそうになりながらも一つの球体となる。
「……できた!」
「な……」
その光景にアイラは目を見張った。
球体の中を観察すると踊り狂う炎の中で、水の塊が泳いでいるように見える。
それはまるで水と油が分離している姿に似ていた。
アイラの魔装障壁を参考にして、似たようなものを膜に応用できないかやってみたのだが思いの外、上手くできた。
あとはこいつを奴らに向かって撃ち込むだけだ。
「パパ! 今から魔法を放つから一旦、下がってー!」
洞穴に向かって叫ぶと、魔物と対峙していたクルトが振り向いた。
直後、俺の手にある魔法の塊を見て、瞠目する。
「っ!? ネロ、そいつは……一体!?」
「それは後で! とにかく、早く!」
「お……おう」
それが、ただならぬものだと察したクルトは、飛び掛かってきた一匹の黒蟻を斬り捨てると、すぐさま後方へ飛び退いた。
よし、これで安心して放てる。
洞穴の中で蠢く無数の黒蟻。
そこへ向かって腕を構えると、押し出すように魔法を放った。
球体が呻りを上げて大群の真っ只中へ到達する。
そのタイミングを見計らって、意識の中で叫ぶ。
弾けろ!
途端、それぞれの魔法を包んでいた膜が消え去り、球体の中で火と水が混ざり合う。
高いエネルギーを持った反属性同士がぶつかり合い、一瞬、目映い光を放って爆発した。
キシャァァァァッ
黒蟻達の苦しむ声が聞こえてくる。
辺りには熱風を伴った霧が立ち籠め、視界を遮る。
「こいつは……」
クルト達は呆然と現場を見つめていた。
しばらくして濃い霧が晴れると、現状が露わになる。
あれだけいた無数の黒蟻が全て、茹で上がったように死んでいたのだ。
「何が……起こったんだ……?」
思わず、クルトはそう呟いた。
「火と水の魔法を混ぜて、水蒸気爆発を起こしたんだよ。虫って熱に弱そうだけど、これだけの数を倒す為の火の魔法って僕達にも危険が及ぶでしょ? だから、対象を蒸し上げるこの方法を選んだんだ。これなら周りへの影響が少ないんじゃないかと思って。名付けるなら〝スチームエクスプロージョン〟ってところかな?」
そんなふうにノリノリで説明していると、周囲が静かなことに気づく。
魔法成功の余韻に浸っていたのは、どうやら俺一人だけだったようで……。
「……」
クルト達は山となった黒蟻の死体を見つめながら、しばらく立ち尽くすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます