第17話 侵入経路

 魔壊士としての仕事に同行する日がやってきた。

 俺はクルトに連れられ、街中に流れる水路の側に来ていた。

 現場には既にアイラが待っており、彼女と合流して水路脇の足場を歩き始める。


 何故、こんな場所に来ているのかというと、魔物の侵入経路がこの水路なのではないかという疑いが上がったからだった。

 以前、俺が魔力判定に向かう際に遭遇した黒蟻型の魔物。

 それと同タイプの魔物がこの辺りで頻繁に目撃され、多くの被害が出ていたのだ。


 その魔物が目撃された地域では、住民が忽然と姿を消す事案が複数起きていて、それらは皆、その魔物に跡形も無く食われてしまったのではないかと推測されている。

 クルトとアイラはそいつの討伐を任されたのだ。


 そんな現場に俺がついていって邪魔にならないのか心配したが、彼ら第五魔角級の魔壊士からしたら黒蟻は雑魚の部類らしいのだ。

 だからアイラの娘であるフィーネも見学の為、この場に来ていた。


「子供達はあまり前に出るなよ? いくら低級の魔物といっても人食いには変わりないからな」


 改めてそう警告してきたのはアイラだ。

 華奢な佇まいはからは戦士らしからぬ優美さを感じるが、醸し出される強者の風格は本物だった。


 そんなアイラだが、よくフィーネの同行を認めてくれたものだ。

 それも先日、クルトに頼んでいた話が通ったということなのだろうか。


「なあに、心配することはない。いい勉強になるから俺が戦うところを良く見ておくんだぞ」


 クルトは得意気に言う。

 これ、父親として格好良いところを見せたいだけだよな……絶対。


 そのまま水路の脇を歩いていると、前方に地下へと潜るトンネルが現れる。

 水路はそのトンネルの奥へと続いていた。


 ここに入るのか?

 いや、逆にここまで来て入らない方がおかしいか。


 クルトは魔法でかがり火を作り出す。

 彼を先頭に子供達を挟む形でアイラが最後尾に付き、そのままトンネルの中へと進む。


 内部はひんやりとしていた。

 奥へと流れる水路が、かがり火に照らされてキラキラの輝いているのが見える。

 この水路は恐らく、生活用水として引かれているものだろう。

 なかなか立派な造りだ。


 そんなふうに周囲の光景に目を奪われていた時だった。

 俺の袖を引っ張るものがある。

 何かと思って振り返ると、それはフィーネだった。

 彼女は不安げな表情で俺の袖をギュッと握り締めていた。


 これくらいの年齢の子としては素直な反応だろう。

 いきなりこんな暗闇に連れてこられたのだから。

 不安になるのも当然だ。


 俺はすかさずその手を取り、握ってあげた。

 すると彼女は一瞬、ハッとなりながらも、すぐに安堵の表情を浮かべる。

 子供の扱いに慣れているわけじゃないが、本能的にそうしてやりたいと思った。

 それだけの行動だったのだが、結果はそれで良かったようだ。


 そんなこんなでトンネル内を歩き始めてしばらくした時だった。

 アイラがふと口を開く。


「それにしても釈然としないな」

「どうした?」


 クルトが聞き返す。


「低級の魔物がこんな街中にまで入り込むなんて滅多にあることじゃない」

「俺もそこは気になっている。たとえ入り込まれたとしても痕跡は必ず残っているものだからな。それに被害の数から考えて、一箇所くらいは手掛かりが見つかっても良さそうなものだが……」

「やはりこの水路が怪しいと踏んでいるのか?」

「まあな。一度調査はしているが、被害がこの辺りに集中していることから考えるると、十中八九ここだろうなとは思っている。気を抜かない方がいいだろう」

「そうだな」


 そんな大人達のやり取りを聞いていて、俺はいくつかの疑問を持った。

 気になったら質問せずにはいられない。


「ねえ、パパ」

「なんだ?」

「低級の魔物が街中に出るのはそんなに珍しいことなの?」

「ああ、滅多なことじゃ無いな。ネロは町の周りを囲っている魔装防壁を見たことがあるだろ?」

「うん」

「その壁と見張り塔があれば低級は、ほぼ排除できる」



「でも、この水路って町の外まで続いているんでしょ? そこから入り込んでくるんじゃ?」

「確かにこの水路は魔装防壁の外に繋がっている。だが、その手前には魔装が施された鉄格子が嵌められている。そう簡単には侵入できないのさ」

「魔装って?」

「あらゆるものを強化する魔法のことだ。町を囲う魔装防壁にも使われているし、アイラの戦闘スタイルも、その魔装に特化したものだ」


 え、魔装を戦闘に?

 そういえばアイラの戦い方は防御に特化したものだって前に聞いたな。

 無属性とはそういう使い方もできるのか。


「それに一度俺が調査しに来た時には鉄格子が破損しているような所は見受けられなかったからな」


 魔壊士としての経験が深いクルトが言うのだから、そうなのだろう。

 なら、もう一つの疑問に感じていたことを聞いてみよう。


「探しているのは、前に僕も見たことがある黒蟻の魔物なんでしょう?」

「ああ、そうだ。第三魔角級の魔壊士でも充分倒せる魔物だが、牙は鋭いからな。油断していると首を噛み切られるぞ」

「その黒蟻が普通の蟻と同じ特徴を持っているなら巣穴を掘るんじゃない? 穴を掘って魔装防壁内に侵入ってことは有り得ないの?」


「ネロは賢いな。確かに黒蟻型の魔物は穴を掘る。その方法での侵入例も過去にあるといえばあった。だが、奴らはそんなに長い距離を掘れるものじゃないんだ。だから見張り塔から見渡すだけで、町の周囲にある巣穴の入口を発見できる。それで侵入経路は特定できるってわけだ」

「そうなんだ。じゃあ、今回はその線は無しなんだね」

「そうなるな」


 俺とクルトがそんな会話をしていると、そばでアイラが唖然としているのが分かった。


「……いつもこうなのか?」

「ん……?」


 アイラの問いにクルトが反応する。


「いや……とてもフィーネと同じくらいの子のしゃべりとは思えなくてな……」

「ああ、俺も慣れ過ぎてしまって……会話をしているとネロが幼子だってことをうっかり忘れてしまうよ」


 彼は言いながらガハハと笑った。

 俺もついつい自分が子供だってことを忘れて前世の調子でしゃべってしまう所がある。

 両親はもう慣れたっぽいが、少しは気をつけないとな。


 というわけで俺達はそのまま地下水路を進んだ。

 ひんやりとした内部は少し肌寒いくらい。

 そんな中をしばらく歩くと、前方に明かりが見えてくる。

 魔装防壁の外へと続く水路の出口だ。


 近付くと、クルトが言っていた通り、しっかりとした鉄格子が嵌められていて、そこを擦り抜けるように水が外へと流れ出ているのが見える。

 やはり、この場に異常は無く、何者かに侵入された形跡は認められなかった。


「引き返すか……。戻りながらもう一度、チェックしよう。必ずどこかに侵入口があるはずだ」


 唇を引き結びながらクルトは踵を返した。

 そこには町を守る魔壊士としての執念のようなものを感じる。

 俺はそんな彼の背中を追って、来た道を歩き始めた。


 そこから数分経ったくらいだろうか。

 トンネル内をつぶさに窺いながら歩いていた俺は、ふと違和感を覚えた。

 その違和感の正体は、はっきりとは分からない。

 ただ、何か空気の流れがおかしいような気がした。

 俺はすぐに歩みを止める。


「どうした?」


 当然だが、後ろから付いて来ていたアイラがそう聞いてきた。

 それを受けてクルトとフィーネも足を止める。


「ちょっと待って……」


 そうとだけ言って俺は感覚を研ぎ澄ます。

 すると、真横の壁に妙な感じを受けた。

 水路の中を通り抜ける空気が、その壁の前だけおかしな流れをしているような気がしたのだ。


 ここだけ気流が巻いているのか?

 建築物の形によっては入り組んだ場所で稀にそういうことが起きることがある。

 だが、そこはトンネル内のフラットな壁。

 そんな現象が起こる状況ではない。


 しかし、実際には壁の方から、うっすらとだが風が流れ出ているような気がする。

 そんなことが起こる理由――。

 それは壁の向こう側に空間がある場合だ。


「パパ、ここの壁が怪しいと思うんだけど」

「ん? どういうことだ?」


 俺が空気の流れがおかしいことをクルトに話すと、彼は指摘した壁に近付き、その表面にそっと触れた。


「……!」


 それだけでクルトの口角が上がったのが分かった。


「お手柄だ、ネロ。こいつは魔法による偽装だ」


 偽装? 魔法でそんなこともできるのか。


「みんな、ちょっと下がっていてくれ」


 言われた通り、揃って後ろに下がると、クルトは剣を抜き放った。

 その刀身に炎が宿る。

 直後、彼は躊躇わず、その魔法剣を壁に向かって斬り付けた。


 そこが普通の石壁ならば剣が弾け飛んだり、硬質な打撃音が鳴り響いたりするはずだが、目の前で起こったのはそのどちらでもなかった。

 切り裂いた箇所から空間が捻じ曲がり、壁がまるで幻のように消え去ったのだ。


 魔法によって疑似の壁を作り出し、その先にある空間を隠蔽していたということか。

 実際、消え去った壁の向こう側には洞穴のような空間が広がっていた。

 ただ問題なのは、そこに現れたのが洞穴だけではなかったということだ。


「おいおい……ちょっとこれは多すぎやしないか……」


 クルトは引き攣った表情を見せる。

 なぜなら、俺達の目の前に無数の黒蟻が待ち構え、カチカチと不快な牙の音を立てていたからだった。

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