第16話 ホムンクルスである理由
「それにしても、どうして急にそんな話になったんだ? 何かあったのか?」
クルトが聞いてくる。
急にといえば、そうかもしれない。
突然、一緒に練習がしたいと言い出したのだから、何か切っ掛けがあったのだろうと勘繰るのが普通だ。
なので近所の悪ガキにフィーネが絡まれていた事と、俺がそれを助けたことを話した。
「そんな事があったのか。どこの家の子なのか突き止めて注意しにいかないとな」
「怪我はなかったの?」
クルトが憤慨する中、ディアナが俺の体を心配してくる。
「大丈夫、なんともないよ」
「年上を撃退するとは、やるじゃないか、ネロ」
「何言ってるの、あなた。魔法は魔物を倒す為のものよ」
「いいじゃないか、それくらい。ネロだって加減は分かってるさ」
俺はあの時、あんまり気にしてなかったが、この力はその気になれば人を傷付けることもできる……。
その事は頭の片隅に置いておく必要がありそうだ。
そういえば、前々から気になってはいたが、あの悪ガキ共に言われたことで改めて違和感を持ったことがある。
それは――俺は何故、ホムンクルスなのか? ということ。
まだ若い両親が、普通に子を授かることを選ばずに、わざわざリスクを背負ってまでホムンクルスを選択した理由。それがまだ聞けていなかった。
その事を尋ねるには、今が丁度良い機会じゃないだろうか?
俺は思い切って聞いてみることにした。
「もう一つ聞いていい?」
「なんだ? ネロの言うことならいくらでも聞くぞ」
クルトはニコニコしながら俺の発言を待つ。
「僕って、どうしてホムンクルスなの?」
そう口にした途端、和やかだった空気が凍りつくのではないか? そういう不安が正直、少しあった。
いわゆるところのタブーってやつだ。
だが、現実はそんなことは全く無かった。
それどころか――、
「そいつらに何か言われたのか? 内容に寄っちゃあ黙ってねえぞ」
「その子達の顔を覚えてる? 教えてくれたら私が一人ずつ水責めにして行くわ」
悪ガキ共をボコる気満々になっていた。
しかも温厚なディアナまで、なんか怖いこと言ってるし!
「いや……これは僕自身が気になってたから、聞いてみたかったんだ」
「本当にそうか?」
「正直に言っていいのよ?」
二人は真剣な顔で詰め寄ってくる。
「ほ、ほんとうに大丈夫だから……」
俺が重ねて言うと、ようやく彼らは安堵の息を吐いた。
そしてクルトが口を開く。
「で、自分がどうしてホムンクルスなのか? だったな」
「うん」
「それは話すと長くなるが……一番の原因は俺とディアナには子を残せない〝呪い〟がかけられているからだ」
「え……」
それは思ってもみなかった答えだった。
子を授かり難い体とか、病気で――とか、そういう身体的な要因が可能性として高いと思っていたからだ。
「呪い……って誰がそんなことを?」
「魔物だ」
「!? 魔物って……呪いまでかけてくるの?」
「ああ、魔物の中でも上級の更に上……高い知能を持つ〝魔人〟ならそれができる」
魔人……。
そんな奴がいるのか……。
魔物といえば、この前の黒蟻みたいな知能というものとは懸け離れた存在だと思っていた。
しかし、クルトが言うような意志を持って呪いをかけてくる敵がいるとなると、考えを改めなくてはならない。
「魔人はどうしてパパ達にそんなことを?」
「それが……俺達にも良く分からないんだ」
「?」
「まあ、強いて理由を考えるなら……あれくらいしか思い付かないな」
「なあに?」
「前に魔法の才能は遺伝によるところが大きいと話しただろ? 強い魔法は魔物にとっても脅威。だから、上位の魔角を持つ魔壊士を狙って子孫を残せないようにしているんじゃないだろうか……ってこと」
果たして、そんな回りくどい方法で人間側の戦力を削ごうとしてくるだろうか?
ただ遺伝を断ちたいのなら、その場で殺してしまった方が魔物にとっても簡単なはず。
それをなぜ、わざわざ呪いなんていう手の込んだ方法で……?
その辺りが、いまいちしっくりとこない。
「それと……俺は男だから子孫を残せない以外の影響は無かったが、子を身籠もる必要があるディアナはその後遺症が大きかった」
それって……男と女で呪いの影響が違って現れるってことか?
「女性の場合、魔力の巡りが悪くなってしまうんだ。魔力は胎内にも対流していて、それが属性遺伝に関係している。呪いは対流を阻害しようと働くようで、そのせいで体全体の魔力の巡りにも悪影響を及ぼしてしまっている。だからディアナは、以前のように魔壊士としては戦えない体になってしまった……」
え……ディアナってそんな事になっていたの?
そういえば、クルトと違って家に居ることが多いなとは思っていたが、そういうことだったのか……。
しかし、疑問が残る。
「でも……ママは、僕に魔法を教えてくれたよ?」
彼女は俺の目の前で魔法を見せてくれた。
魔法が使えないわけではなさそうだが……。
そう思っていると、ディアナが口を開く。
「そうね。ネロの言う通り、全く魔法が使えなくなってしまったわけではないのよ。でも魔力の巡りが悪い分、以前のような魔物を倒せるほどの魔法は使えなくなってしまったの」
「そんな……」
「でも心配しないで。巡りの悪くなった魔力は使わないでいると、もっと巡りが悪くなってしまうから、毎日少しづつでも魔法を使った方がいいの。だからネロに魔法を教えることは私のリハビリにもなるのよ。それに水竜の魔女としての技術と誇りは健在だから安心して」
そう言って彼女は微笑んだ。
もし俺だったら簡単にめげてしまいそうな状況だが、本人は立たされた苦境を感じさせないほど朗らかだ。
そんなふうでいられる彼女を素直に尊敬する。
「……というわけで、そんな呪いを受けてしまったのだが……」
そのままクルトは続ける。
「俺達は子が欲しかった。二人が存在し、心を通わせた証が。だから、古の錬金術書に書かれている人体錬成に手を出した。たとえ産まれてくる子に魔力が無くとも俺達が守ってゆく。そう決めてな」
彼らの真剣な眼差しからホムンクルスを我が子にすることへの覚悟が伝わってきた。
アイラやこれまでの周囲の反応を見る限り、この世界での人体錬成は一般に知れ渡っている方法であり、特に禁忌というわけでもなさそうだ。
だが、俺と同じような子がいないのは、魔力の無い子を魔物の脅威から守り続けることが困難だからではないだろうか?
年齢的に両親の方が先に老いて亡くなってしまう。
そうなったら、いつまでも守ってもらうわけにはいかなくなってしまうのだから。
だからといって自立する為の魔力も無い。
誰かに依存しなければ生きて行けない子を敢えて作ろうとする人間がいないのだ。
そんな状況でも俺を作ろうと決断した両親の覚悟は相当なものだったはず。
「だから誰が何と言おうが、ネロは俺達の息子だ。誰にも文句は言わせない」
「私も同じ気持ちよ」
クルトとディアナはそう言い放った。
それは俺にとってもありがたい言葉だったのだが……。
少し間が空くと、彼らは子供に話すような言葉選びではなかったな……と今更ながらに気づいたようだ。
「おっと……ちょっと難しい話をしすぎてしまったな。ネロにはまだ早かったか」
「そんなことないよ。よく分かった。パパとママが僕を大切に思っていてくれることもね」
その事を伝えると、彼らは一瞬、目を丸くした後――、
「おおっ! ネロの口からそんな言葉が聞けるなんて! 俺は今、猛烈に感動しているっ!」
「ああっ、なんて愛らしいの! 大好きよ! ネロ!」
そう言って彼らは、自らの頬で俺の顔をサンドウィッチ状態にしてきた。
愛されてるのは嬉しいけど、ちょっと苦しいんですが!
そんな俺達家族の姿を微笑ましく見守っていたイーリスは、そこへ色を添えるように提案する。
「特別なワインでもお開けしましょうか?」
「お、いいね。頼むよ」
「ディアナ様とネロ様には、スープのおかわりをお持ちしましょうか」
「ええ、ありがとう」
返事を受けてイーリスはキッチンへと向かった。
テーブルの周りに広がる温かい空気感。
こういうのって憧れる。
前世ではあまり感じたことが無かったな。
落ち着いた雰囲気が辺りを包み込んだ頃、ワインを一口飲んだクルトが俺に語りかけてくる。
「そういえば近々、魔壊士としての仕事があるんだが……ネロ、見学してみるか?」
「え、いいの?」
それは思ってもみなかった誘いだった。
しかし、俺みたいな子供がそばにいて大丈夫なのだろうか?
「危険は無いと言ったら嘘になるが、相手は低級の魔物が相手、俺とアイラがいれば充分な安全は確保できるだろう。それに魔壊士とはどんな仕事なのか、実際に見ておいた方がいいだろうからな」
アイラも一緒なのか。
彼女クルトと同じ第五魔角級。
そんな二人がいるのだから大丈夫なのだろう。
それに俺も魔壊士が実際に戦う場面を見てみたい。
前にクルトが戦うところを見たことがあるが、頭で考えるより目で見た方が感覚を掴み易かった。
見学は俺にとっても良い勉強になるだろう。
「やった! 行く行く!」
二つ返事で答えると、クルトはグラスワインを傾けながら笑みを浮かべた。
「分かった。そのようにアイラにも伝えておく」
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