第15話 事情
俺は母屋に戻ると、フィーネも一緒に魔法の練習に参加できるか聞く為、クルト達がいる部屋に向かった。
「それじゃ、この件は後日」
すると話し合いを終えたのか、丁度アイラが中から出てくるところだった。
彼女の背後にはクルトとディアナの姿も見える。
「おお、ネロではないか。久し振りだな」
アイラは相変わらず、さばさばした口調でそう言ってきた。
「おひさしぶりです。魔力判定以来ですね」
俺が答えると、彼女は一瞬、狐に摘ままれたような顔した。
「あれからまだそんなに経っていないというのに、随分と大人っぽくなったもんだ……。クルトから聞いたぞ。もう魔法が出せるようになったそうじゃないか」
「いや、初歩の段階で苦戦しているくらいなので、まだまだです」
「はは、謙遜まで覚えたか。既に器の大きさがそこかしこに見え隠れしているな」
彼女は微笑むと、俺の背後にフィーネの姿を見つける。
「フィーネ、ネロと一緒に遊んでいたのか?」
「うん……」
「私達の話し合いは終わった。そろそろ帰るぞ」
「え……あ、うん……」
アイラはフィーネの手を取ると、そのまま家の外へと足を向ける。
おっと、早いとこフィーネの練習の件を切り出さないと。
そう思って呼び止めようとしたのだが……。
「アイラ、送って行くぞ?」
「大丈夫だ。そこまで遠くないし良い運動にもなる」
「いやいや、小さい娘がいるんだ。歩かせるのは酷だろう。馬車を出す」
「まったくお前は過保護だな。娘がいたら大変な親バカになっていただろうよ」
クルトとの会話が始まってしまい、そこへディアナが加わる。
「何言ってるの? クルトは今でも親バカよ」
「ああ、これは間違った。そうに違いない」
「ははは」
そんな感じで三人共、談笑しながら玄関の方へ足を進める。
「じゃあ、私達はこれで。また連絡する」
「本当にいいのか?」
「しつこいぞ、クルト。でも、そのしつこさでディアナを落としたんだっけか?」
「う、うるさい! とっとと帰れ!」
「はいはい」
アイラは微笑みを浮かべると、そのままフィーネを連れて帰って行った。
完全に聞くタイミングを逸してしまった……。
後ろ髪を引かれたようなフィーネの視線が俺の心に突き刺さる。
でもまあ、結果的に話を切り出すタイミングとしては今じゃない方が良かったかもしれない。
こんなバタバタしている時に話す内容でもないし、相手の事情とか両親に聞いてみないと分からないし。
というわけで、もっと落ち着いた状況――今晩の夕食の席で聞いてみることにした。
* * *
夜の帳が下りた中、並べられた料理を前に家族団欒の時間がやって来た。
スープとパンとメインの肉料理が一つ。
シンプルだが、これが格別に旨い。
料理は我が家に一人だけ仕えるメイドのイーリスが作ってくれている。
彼女の料理はどれもこれも絶品で、この世界に転生してからすっかり虜になってしまった。
メイドは主とは別の場所で食事を取るの普通なのだが、両親の意向でイーリスも家族の一員として同席していた。
「イーリス、今日の料理もおいしいよ」
「ありがとうございます、ネロ様。そう言って下さるとメイド冥利に尽きます」
赤毛の彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。
そんなイーリスはクルト達よりもやや若い。
恐らく十七、八歳くらいだろう。
「だって、本当においしいんだもの」
「ああ、イーリスの料理は最高だ。いつも助かるよ」
「クルト様……勿体ないお言葉です……」
「ううん、イーリスが居てくれてほんと助かってるのよ」
「ディアナ様まで、そんな……」
彼女は照れ臭そうにしながら、目の前のスープに視線を落とした。
そこでクルトが思い出したように話し掛けてくる。
「そういえばネロ、昼間はフィーネと遊んでたのか?」
「え……ああ、うん」
「魔力判定以来だもんな。仲良くできそうか?」
「うん、お話もしたよ」
「そうか、それは良かった。お前達は同期みたいなもんだからな、いずれは魔壊士として一緒に戦うことになるだろうから、互いを良く知っておいた方がいいだろう」
丁度良く魔壊士の話題が出た。
話すなら今がその時だろう。
「パパ」
「なんだ?」
「フィーネのことで聞きたいことがあるんだけど」
「おっ、まさか好きな子への告白の仕方か?」
違うわっ!
「そうじゃなくて、魔壊士になる為の練習っていつ頃から始めるものなの?」
「魔力測定を終えて魔角が確定した時から少しずつ練習して行くのが普通だ。六歳からは魔壊士の養成施設で学ぶことになる。才能のある者は十代から現場に就く者もいるぞ」
クルトはそこまで言ってから、俺が何を聞きたいのか理解したようだった。
「フィーネの所はちょっと特殊なんだ。前に魔壊士の魔法属性は遺伝によるところが大きいと話したのを覚えているか?」
「うん、覚えてるよ」
「フィーネも、もちろん母親であるアイラの属性を受け継いでいるんだ」
それがどうして練習を遅らせている理由になるのだろうか?
いずれ魔壊士になるのなら、できるだけ早い方がいいのに。
「アイラの魔法属性はちょっと特殊でな。無属性なんだ」
「え……何も無いってこと?」
「ああ、どちらかというと無いことが属性といった感じだな。だが、何もできないわけじゃない。寧ろ、その特性を逆手に取って強力なタンク……いわば皆の盾になるような存在になってくれているんだ。だから、ある程度、体ができてからでないと堪えることは難しい。更には消費する魔力量も大きいので、まだ成長段階にあるフィーネには厳しい所がある。それに……その手の魔法は身を挺して守る分、殉職率も高い……。母親として強くなって欲しいと思う反面、躊躇っている部分も少しあるのだと思う。フィーネの性格も魔壊士としては穏やかすぎる所もあるからな……」
なるほど、そういう事情があったのか。
しかし、だからといって練習を遅らせるのはフィーネにとっても良くないことだと思う。
身を守る術を早くに身に付けておいた方が彼女の為にもなるし、その上で魔壊士にならないという選択だってあるはずだ。
それになにより、本人は意欲的なのだから応えてやることで大きく伸びる可能性がある。
「聞きたいことってのは、その事でいいのか?」
「うん、それもあるけど、僕からお願いがあるんだ」
「なんだ?」
「僕がパパとママから教わっている練習に、フィーネも入れて欲しいんだ」
予想外の頼み事だったのか、両親は目を丸くした。
「ダメ?」
「いや、駄目というわけではないんだが……」
「何か問題があるの?」
「我々が教えられるのは剣術と攻撃魔法であって、フィーネと特性にそぐわないものになってしまうのではないかと思ってな……」
「それでもいいと思うよ」
「え?」
いくら防御特化の属性だからといって、攻撃系の鍛錬を積まなくていいという理由にはならないだろう。
不得意だったとしても、習っておいて損は無い。
今はまだ自分の才能にあった練習ができないというのなら、尚更そうした方がいい。
いつどこで魔物に襲われるか分からないのだから。
「前みたいに街中に魔物が現れることってあるんでしょ?」
「ああ、あるな」
「そんな時、何も鍛えてなかったら、すぐにやられちゃうんじゃない?」
「それはそうだが……」
「特性に合ってなくても、パパ達が助けにくる間くらいは持ち堪えられるように練習しておくべきだと思うんだけど。それにフィーネ自身もやる気満々だし」
「……」
俺の発言に対し、クルト達は暫く呆気に取られているようだった。
だが我に返ると、柔和な笑みを見せる。
「……そうだな。ネロの言う通りかもしれん。俺からアイラに話しておこう」
「うん、ありがとう」
「しかし彼女の身の上まで考えているなんて、ネロはなんて思いやりのある子なんだ。素晴らしいぞ! これも愛のなせるわざだな!」
だから違うって!
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