第9話 魔力判定
どういうことだ?
クルトは〝魔角が見えるのか?〟と聞いてきた。
俺の手から出たあれが魔角というのなら、もちろん見えている。
だが、それはクルトも知っているはずだ。
ではなぜ、そんなことを聞くのか?
この状況で考えられるのは……あれくらいしかないが……。
ここで嘘を吐いても意味が無いので素直に伝えてみる。
「うん、パパの魔角、見えてるよ」
すると、クルトはより一層目を見張った。
そして俺の肩をがっしりと掴む。
「凄いぞネロ! そいつは〝破眼〟だ!」
「はがん……?」
「ああ、自分以外の魔角を看破……見ることができる力だ」
やはりそうか。
通常は自分以外の魔角は見えたりしない。そういうことなのだ。
それならクルトの反応も理解できる。
でも、その破眼っていうのは、そんなに珍しいものなのか?
「破眼持ちは世界中を探しても限られた人数しかいないんだぞ。それを持っているネロは天賦の才があるってことだ。魔力があるだけでも驚きなのに、破眼まで持っているとは……これはとんでもない魔壊士になるぞ! なあ、ネロ!」
クルトは嬉しさのあまり俺の背中をバシバシ叩いた。
気持ちは分かるけど幼児なんだから、そんなに強く叩かないでくれよな。
痛えから。
それにしても他人の魔角が見えるのが、そんなに貴重な能力だったとはな。
これも人為的に成長反応を起こした影響だろうか?
クルトは魔壊士の才能があると言ってくれるが、俺にはまだその実感が無い。
目の前に転がっている魔物の死体に目を向けると、あんな恐ろしいものを本当に相手できるのかと思ってしまう。
この小さな体では、簡単に食い千切られてしまいそうだ。
俺がそんな事を考えていると、クルトは魔物の死体に視線を置きながら何か考え込んでいた。
「しかし……低級とはいえ、こんな街中に魔物が出るとはな……。これは早急に報告しておかないと……」
なんて事を呟いていた。
街中に魔物が出るのは珍しいことらしい。
言われてみればそうだ。
この町は魔装防壁に囲まれているわけだから、目の前の魔物はそれを突破して入り込んだということになる。
それは今張られている防衛手段が無意味であると言っているに等しい。
ここに住んでいる者からすれば由々しき事態だ。
「どこか、ちがう所へ行くの?」
不測の事態が起きたのだ。俺の魔力測定は予定変更になってもおかしくはない。
「いいや、教会に行くぞ。だが、ネロの魔力測定の前にちょっと寄る所があるだけだ」
「ふーん」
教会は魔力を司る場所であると同時に、魔壊士達を取りまとめる役割を果たしていると聞いた。
今、クルトが倒した魔物についての報告というのも同じ場所で行うのかもしれない。
そんなわけで、俺とクルトは扉がもげ、天井に穴が空いたボロボロの馬車で教会へと向かった。
* * *
教会は俺の想像を超える大きさだった。
前世の感覚だと、教会というのはこぢんまりとした感じで、礼拝堂が建物のほとんどを占めているイメージだが、この世界の教会は学校くらいデカかった。
そんな建物が王城のすぐそばに建っているので、見た目からして城の一部と勘違いしてもおかしくない。
教会の中にはいくつもの部屋があり、クルトは俺に廊下にある椅子で待つように言って、その中の一室に入って行った。
恐らく、さっきの魔物について報告に行ったのだろう。
これはそれなりに待つことになりそうだな。
そう思っていたのだが、意外にもクルトは早く戻ってきた。
「待たせたな」
「ううん」
「じゃあ、神託の間に行こうか」
神託か……。
魔法の神様からのお告げを聞く的な?
クルトに連れられてやって来た神託の間は、広いホールのような空間だった。
前方に女神と思しき巨大な石像が鎮座しており、そこに向かって列ができている。
列に並んでいる人達は全員親子で、子供の方も皆、三、四歳位に見える。
判定を受けるのは俺だけかと思っていたので、これは予想外の光景だった。
「みんな、ボクと同じのをやるの?」
「ああ、そうだ。魔角というのは誰でも四歳になった時点で判定が可能になり確定する。だからここに並んでいるのは皆、同い年の子達だ」
なるほど、そういうことか。
しかし、体は四歳児並とはいえ、産まれてから一年ちょいの俺はどういう扱いになるんだろう?
「ねえ……ボク、四さいじゃないけどいいの?」
「ん? それは問題無い。お前は既に魔角が発現しているからな。普通はこの判定を行った後に魔角が出せるように練習するものなんだ」
「そうなんだ」
「不安に思うことはない。さあ、俺達も並ぼう」
クルトに促されて列の最後尾につく。
すると、俺達の前に並んでいた親子がこちらに気づいて話し掛けてきた。
「なんだ、クルトじゃないか」
そう言ってきたのは母親と呼ぶには若く見える綺麗なお姉さんだった。
クルトのように腰に剣を携え、美しい中にもクールな格好良さが漂う。
態度から察するにクルトの知り合いのようだ。
彼女のそばには、俺と同じくらいの背丈の女の子が立っていた。
恐らく、この子も魔力判定を受けるのだろう。
「おお、アイラ。そういえばお前の所の娘も四歳だったな」
「ああ、フィーネは先月、誕生日を迎えたばかりだ。で、お前はどうしてこんな所に…………ん?」
アイラは言いかけて俺の存在に気づき、言葉を止めた。
「この子は……?」
「俺の息子だ」
「!? 息子って……例の方法で?」
「ああ」
どうやら彼女は俺がホムンクルスだと知っているらしい。
「……って、もうこんなに大きくなったのか??」
「俺も驚いているんだが、それもこの子の才能があってのことだと思ってる。何しろ魔力を持っているんだ。凄いだろ? 規格外の天才なんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
アイラはクルトの親馬鹿っぷりに圧倒されている様子だった。
「少し整理させてくれ……ホムンクルスが魔力を持っていると?」
「ああ」
「魔力判定前にどうしてそれが分かったんだ?」
「この子……ネロは無意識だったと思うが、魔法を使って自分で培養槽を割ったんだ」
「!? まさか……そんなことが……? それに普通は魔力判定を受けたあと鍛錬を積んでようやく魔法が出力できるというのに……何もせず、既に魔法を使ったと言うのか?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか。この子は天才なんだよ」
「信じられん……」
「しかも破眼まで持ってるんだ」
「なっ……」
アイラは俺を見ながら、しばし呆然としていた。
話を聞いていて分かったのは、魔力判定をしても魔法はすぐに使えるわけじゃないってこと。
俺もあの時は無意識に近い形で使ったので、ちゃんと自分で制御できるようになりたい。
早く、練習がしたいなー。
そんな事をぼんやり思っていると、アイラの足下にいる少女と目が合う。
フィーネと言ったか?
幼いのに整った顔立ちで、将来に美人になりそうな感じの子だ。
おとなしめの雰囲気で、俺のことを不思議そうに見ている。
クルトとアイラが知り合いってことは、これからもちょくちょく会うことになるかもしれない。
ここは親睦を深める為にもコミュニケーションを取っておくか。
そう思い、俺は彼女に向かって小さく手を振ってみせた。
するとフィーネはハッとなって、恥ずかしそうにアイラの脚の陰に隠れてしまった。
あれ……嫌われちゃった?
それとも俺がホムンクルスだから?
そもそも俺って、前世でも女性の扱い苦手だったし、もしかしてそれかも?
しょぼんとなりながら、そんなことを考えていると、ふと前の方から男の声が上がった。
「次の方、前へどうぞ」
そう言ってきたのは、白いローブのようなものをまとった中年の男性。
耳打ちしてきたクルトが言うには、あれが教会の庶務を担う二級神官なのだそうだ。
促されてアイラ親子が女神像の立つ壇上に上がる。
俺は内心でフィーネに向かって「頑張れー」なんて言ったりしたが、そもそも何をやるのかも分かっていない。
「石板に右手を」
言われるがままにフィーネは女神像の足下にある石板に手をのせる。
すると、石板の周囲に一瞬だけ光が走り、その光が女神の持つ盾へと集束してゆく。
集まった光は盾の上で広がり、五角形を形作った。
「第五魔角級で確定です。さすがはクレヴィング家の御息女、おめでとうございます」
神官がそう告げるとアイラは嬉しそうにフィーネを抱き締めた。
かなり良い結果らしい。
クルトも二人に対して「やったな」と賛辞の言葉をかけていた。
五角形といったらクルトと同じ形だし、実際、彼が戦っているところを見ていたので、フィーネもあんなふうになれるのかと思うと、凄いなと普通に感心した。
それに神官の態度を見ていると、彼女も良いところの貴族っぽい。
「次の方、前へどうぞ」
フィーネに気を取られていると、声が掛かる。
俺の番だ。
クルトと揃って壇上に上がると、すぐに神官が反応する。
「これはこれは、クルト様。今日は如何なされ……」
言いかけたところで彼は俺の存在に気づく。
続けて神官が何か言う前に、クルトが先に口を開いた。
「息子の魔力判定をお願いしたい」
「えっ……っと、失礼ですが……確か御子息はホムンクルスだと聞き及んでおりますが……?」
「そんな事は俺が一番良く知っているのは言わなくても分かるだろ。その上で来ている」
「ですが……」
「この子には魔力がある。既に魔法の発現を俺がこの目で確認している。それなら問題無いだろ」
「なんと……判定前にですか!? 分かりました……クルト様がそう仰るのなら……。では、こちらに……」
クルトの迫力に圧倒され、神官はあっさり引き下がった。
俺は一人、石板の前に立つ。
結果は分かっているが、それが良い物かどうかは分からない。
五角形は喜ばれていたようだが……。
培養槽を割ってしまった時に、クルトが魔角の形を聞いてきたことがあった。あの時は真っ先に三角か? 四角か? と尋ねてきたのを覚えている。
ということは角数が少ない方がいいのか?
だとしたら、意図的に成長反応を起こしたことが仇になってしまったかもしれない。
体を大きくすることに魔力を奪われてしまったとか?
ああ、五角形で止めとけばよかったのかも……。
だが、ここまで来て何もしないで帰るわけにもいかない。
俺は緊張しながらフィーネと同じように、そのつるりとした石板の表面に手をのせた。
途端、目映い光が石板から放たれ、女神像を駆け上った。
丸い盾に集まった光は七角形を作り出す。
予想していた通りの結果だ。
期待を裏切られ、さぞかし残念そうにしているんじゃないかと思いながら振り返ると、クルトとアイラの二人が口をポカンと開けたまま固まっていた。
ああ、そこまで酷いのか……。
それはちょっとショックだな……。
なんて思っていると――、
「だ……だだ、第七魔角級っ!?」
そんな声と共に神官が腰を抜かして床にへたり込んでしまった。
え? どういうこと??
あまりに皆の反応が大きかったので、心配になって尋ねる。
「ぼく……そんなに……ダメだったの?」
すると、我に返ったクルトが上擦った声で言い放った。
「違う! そうじゃない! その逆だ!」
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