第3話 誕生
ふと目が覚めた。
良かった生きてる……。
安堵も束の間、俺自身に驚きの事態が起こっていた。
手足が生えていたのだ。
もちろんそれだけじゃない。体も当然ある。
小っちゃくて、ぷよぷよした手足だが、これぞまさしく人間の赤ちゃんの体!
いやーモンスターとかじゃなくて本当に良かった。
それ以前に細胞のまま死ななくて良かった。
にしても、どうして急にこんなことに?
さっき成長反応だっていう話は聞いたけど、それにしたって一細胞から成長早すぎじゃないか!?
俺が気を失っている間にどれくらいの時が過ぎたのかは分からないが、目の前にある机で突っ伏すように寝ている両親の姿を見る限り、気を失う前とあまり様子が変わった感じがしない。長く見積もっても二、三日ってところだろう。
その間、俺のことをずっと見守っていてくれたらしいことがなんとなく分かる。
恐らく徹夜続きで力尽き、眠ってしまったのだろう。
おーい、あなた達の子が赤ちゃんらしくなりましたよー!
両親に知らせようと培養槽の中で手足をバタバタさせる。
すると、バシャバシャとする音に気づいたのか母が重い瞼を開けた。
しばし微睡みの中にいた彼女だったが、俺の姿を視界に捉えた直後、刮目するのが分かった。
「!? あ……ああ……私の……赤ちゃんが……」
「ん……どうした……?」
その声に釣られ父も目を覚ます。
そして彼も俺の姿を目にした途端、瞠目した。
「おおっ……!!」
「あなた! この子、やったのよ!」
「ああ……」
父は喜びを噛み締めるように頷いた。
そして二人揃ってこの培養槽に駆け寄ってくる。
「頑張ったな! 良くやったぞ!」
「産まれてきてくれて……ありがとう。私の可愛い赤ちゃん」
自分の両親からも面と向かってそんなことは言われたことがなかったので、感慨深い気持ちになった。
自分の存在を喜んでくれている。それは素直に嬉しかった。
そんな中、ふと思う。
これが俺にとって、この世界での誕生ってことでいいんだろうか?
どうして俺は培養槽で育てられているのか?
目の前の両親とはどういった経緯で両親なのか?
色々と疑問が残る。
だが、とりあえず体は手に入ったのだから、これからは情報が手に入り易くなってゆくことだろう。
焦ることは無い。ゆっくりだ。
「ねえ、あなた。この子に名前を付けてあげないと」
「そうだな、どんなのがいい?」
両親は培養槽に浮かぶ俺を見上げながら、そんな話をし始めた。
「実は私……この日の為に考えていた名前があるの」
「そうなのか? どんな名前なんだ?」
「ネロエフティーヤ……優しき水竜の名前よ」
「おお、ネロか。いいじゃないか!」
父はその名前が気に入ったのか、その名の響きを噛み締めるように頷いていた。
母も嬉しそうだ。
そして父は改めて俺に向かって言う。
「今日からお前の名前はネロだ。ネロ・アルムスター。よろしくな」
ああ、こちらこそどうも。
これからこの世界で目茶苦茶お世話になる予感しかしないので挨拶はしっかりしておきたい。
とは言っても、こんな中にいる上に赤子なので頻りに手を振ることでしか表現できないけど。
それにしても今日からネロか……。
元日本人の俺からしたら違和感ありありだけど、それもまあそのうち慣れるか。
ともかく、これで普通の人間らしい生活ができる。
その為にも、まずはここから出して欲しいものだが……。
俺は手足をバタバタさせてその意志をなんとか伝えようとする。
「ねえ、ネロがなんかして欲しそうにしてない?」
「そうかー? だってまだ赤子だぞ? そんな明確な意志なんてあるわけが……」
「何言ってんの。赤ちゃんだって立派に自分の言いたいことを伝えられるのよ?」
「そういうもんか……?」
「そういうもんです」
母はそう切り返しながら、俺のことをジッと見つめてきた。
そして――、
「もしかして……この子、外に出たいんじゃないかしら?」
そうです! さすが俺の母さん! 以心伝心、分かってらっしゃる!
必死にアピールした甲斐があった。
しかし、
「外かー……」
俺の盛り上がりに反して、父はどういうわけかテンションが低い。
なぜ乗り気じゃない? と思ったら、母も難しい顔をして固まっていた。
え……二人共……どういうこと??
両親の反応に戸惑っていた時だった。
父の口から衝撃的な言葉を告げられた。
「ごめんな……ネロ。まだ外に出してやることはできないんだ……」
えぇぇぇっ!?
なんで……??
「外は魔物で一杯なんだ。幼い者が出歩くには危険すぎる世界……。特に魔力を持っていないお前は、一溜まりも無いだろう」
ちょっと待って……。
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど。
今の発言で、ここが魔物がいる世界なんだってことは分かった。
だが、もう一つの……俺が魔力を持っていないっていうのはどういうこと?
わざわざそういう言い方をするってことは、この世界では魔力があることが普通であると推測できる。
てことは、魔力を持っていない人間は少数……または異端?
そもそも産まれたばかりなのに魔力が無いってどうして分かるのだろう?
「これはネロの為でもあるんだ。すまないが、もう少しだけ辛抱してくれ。そうだな……三歳……そのくらいになれば、お前もパパ達に危険を知らせることができるようになるだろうし、自分の力でもある程度、身を隠すこともできる。だから……」
ちょちょ、ちょっ!? 今、なんて?
三歳!?
あと三年もこの中に居ろってのか?
保育器だって、そんな長くは入ってないぞ。
確かにこの中は居心地が良いし、魔物に殺されるくらいなら引き籠もってるけど……さすがに三年は退屈すぎる。
それに飯とかトイレとかどうすんの?
「そんなに不安がらないで……。大丈夫よ。ママとパパがちゃんと見守っているから。その中にいればお腹が空くことも無いし、オムツの心配もないわ」
えー……。
母は、まるで俺の考えていることが聞こえてるんじゃないかと思えるほど、ちゃんと答えてくれた。
それはいいのだが……これからのことを考えると、げんなりするしかなかった。
いや、そうじゃない。
この状況に甘んじていては駄目だ。
何か上手い方法があるはず。
あの苦しかった成長反応。
あれを乗り越えたら、急激に体が成長した。
同じ事がもう一度できれば、成長を早めることができるかもしれない。
成功すれば、予定より早くここを出られる可能性も……。
そんな事が可能かどうかは分からないが、挑戦してみる価値はあるだろう。
よし……やってみるか。
俺は小さな体にやる気を漲らせた。
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