第3話 自分の道

月曜日の朝、オフィスはいつも以上にピリピリしていた。新しい大規模プロジェクトの開始日であり、期限が厳しく設定されていたため、社内全体が緊張感に包まれていた。上司の浅野は、朝礼で厳しい口調で言い放つ。


「このプロジェクトは、我が社の未来を左右する重要なものだ!全員、スピードを最優先しろ。とにかく早く結果を出せ!」


オフィスに漂うプレッシャーを感じながらも、三谷はいつも通り淡々と仕事を始めた。彼のデスクの周りでは、同僚たちが焦った表情でモニターに向かい、キーボードを打つ音が普段より速く、緊張感が伝わってくる。


「三谷、お前も急げよ!こんな状況じゃ悠長に構えてられないぞ!」と隣の席の同僚が声をかけるが、三谷は穏やかな笑みを返し、「大丈夫、俺のペースで進めるよ」と静かに答えた。


その日、浅野がオフィスを回り、進捗状況を確認しにやってきた。三谷のデスクに立ち止まり、鋭い目で彼を見つめた。


「三谷、どうなんだ?お前のペースじゃ、このプロジェクトは間に合わないぞ。みんな、もっとスピードを上げている。お前も見習え!」


しかし、三谷は動じなかった。「急げば、ミスが増えるかもしれません。それなら、着実に進めていく方が結果的に良いと思っています」と言い、変わらぬペースで仕事を続けた。


浅野は呆れた様子でその場を去ったが、内心では三谷の結果を少し期待していた。三谷は過去にも自分のペースを崩さず、結果を出してきたことがあるからだ。だが今回は、果たしてうまくいくのだろうか。


数週間が経ち、プロジェクトの最終期限が迫ってきた。社内の他のチームは疲労感が見え始め、ミスが続出していた。同僚たちは、急いで仕事をこなそうとするあまり、いくつかの重要なミスを犯し、その修正に追われていた。


一方で、三谷は一度も焦ることなく、慎重に進めていた。着実に仕事をこなし、必要な確認を怠らず、進捗は順調だった。そして、プロジェクトの締め切り前日、三谷はすべてのタスクをミスなく完了させた。


「三谷、お前…すごいな」と同僚が驚いた声を上げた。「あんなにゆっくりしてると思ったら、結局全部完璧じゃないか!」


浅野もまた、三谷の仕事を確認して驚いていた。「まさか、あのペースでここまで仕上げるとは思わなかった。どうやら急がなくても、結果を出せる奴もいるもんだな…」


プロジェクトは無事に成功し、三谷の落ち着いた仕事ぶりは社内で話題になった。急かされることなく、自分のペースを守りながらも結果を出した彼の姿勢は、多くの人に影響を与えた。


後日、浅野が三谷のデスクに来て、ポツリと言った。「お前のやり方も、間違いじゃなかったみたいだな」


三谷は静かに微笑んで答えた。「人それぞれのペースがありますから。急ぐことが全てではないんです」


三谷は、これからも自分のペースを貫いていくことを決めた。世間がどれだけ急かしても、焦らず、ゆっくりと自分の道を歩むことが、彼にとって最も大切なことだと再確認した。急かす者が多いこの世界で、彼は静かに、しかし確実に、自分のリズムで生き続ける。

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急かす者と、マイペースな者 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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