第2話 揺らぐ心

ある晴れた土曜日の午後、三谷は久しぶりに幼馴染の田中と再会することになった。田中は学生時代から常に活発で、今では大企業のエリートとして活躍している。三谷とは対照的に、田中はいつも忙しそうで、スケジュールに追われる日々を過ごしていると聞いていた。


待ち合わせ場所のカフェに現れた田中は、スーツ姿で、スマートフォンを片手に操作しながら現れた。「よっ、久しぶりだな!」と言いながらも、彼の目は画面から離れず、会話の合間にも仕事のメッセージに目を通しているようだった。


「相変わらず忙しそうだな」と三谷が言うと、田中は笑いながら答えた。「おかげさまでね。こっちは毎日が戦争だよ。でも、それでこそやりがいがあるってもんさ!」


コーヒーを飲みながら、田中は三谷に仕事の成功や人脈、さらには次の大きなプロジェクトについて語り続けた。彼の話は終始、自分がいかに急いで、いかに多くのことを成し遂げているかを強調していた。


「ところで、お前は今どうしてるんだ?」と田中が話を振ってきた。


三谷は自分の現状について淡々と話した。決して派手な話ではないが、自分のペースで毎日を過ごし、仕事も一定のリズムでこなしていることを伝えた。だが、田中の反応は予想通りだった。


「それでいいのかよ?」田中は眉をひそめ、「お前、もっと頑張らなきゃダメだろ。そんなマイペースじゃ、どこにも行けないぞ。今の時代、スピードが大事なんだ。お前ももっと急いで、結果を出さないと!」と力強く言い放った。


その言葉に、三谷の心は少し揺れた。自分の生き方は本当にこれで良いのだろうか?田中のように急いで、成果を出すべきなのか?成功とは、スピードと多くの業績を積み上げることなのだろうか?


帰り道、三谷はふと、自分のペースがこの急かされる世界に合っていないのではないかと感じた。田中の言葉が、彼の心の中に引っかかっていた。周りはみな急いでいるのに、自分だけが違う方向に向かっているような気がしてならなかった。


家に戻ると、彼は静かにコーヒーを淹れ、いつものように本を開いた。しかし、今日は本に集中できなかった。田中の言葉が頭を巡り、自分が本当に正しい道を選んでいるのかを問い続けていた。


しばらく考え込んだ後、三谷はふと、自分の手のひらを見つめた。その手は、急がずとも確実に多くの仕事をこなしてきた手だ。彼はこれまで、自分のペースでやってきたからこそ、無理せずに成果を出せてきたのだ。今まで、それで問題はなかったはずだ。


「俺には俺のペースがある。それが俺のやり方だ」と、三谷は静かに自分に言い聞かせた。


田中のような生き方もあるだろう。しかし、三谷には自分の道がある。そしてその道を、焦ることなく一歩ずつ進んでいけばいいのだ。たとえ世間が急かしても、自分だけのリズムを守ることこそが、彼の生き方だった。


そう気づいた時、心が軽くなった。彼は再び本に集中し、穏やかな夜を過ごした。

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