急かす者と、マイペースな者

白鷺(楓賢)

第1話 喧騒の中の静けさ

三谷修一は、都会の雑踏をマイペースに歩いていた。オフィス街を行き交う人々は、急いでいる。彼らの顔には焦りが浮かび、スマートフォンを片手に時計を見つめる仕草が絶えない。すれ違う人々の視線には、時間に追われるプレッシャーが刻まれているようだった。


彼の会社も例外ではなかった。入社以来、上司の浅野はいつも彼を急かしていた。「もっと早くできないのか?」「この資料、今日中に仕上げろよ!」。浅野の怒号が飛び交うオフィスの中で、三谷はいつも淡々としていた。彼には自分のペースがあり、誰が何を言おうとそのリズムを崩すことはなかった。


朝の会議で浅野がこう叫んだ。「このプロジェクトは大事だ。期限が迫っているんだから、全力でやれ!」。会議室の空気が一気に緊張に包まれる中、三谷は静かにノートにメモを取り、会議が終わるとゆっくり席を立った。


オフィスに戻り、彼はデスクに座り、コーヒーを淹れながらパソコンに向かう。急かされることなく、確実に一つ一つのタスクを進めていく。隣の席の同僚は、浅野の言葉に圧迫され、キーボードを叩く手が早くなっているが、三谷は焦ることなく、自分のペースを守っていた。


昼休みになると、他の社員たちは慌ただしくランチへと向かう中、三谷は一人、近くの公園で静かにベンチに座り、持参したお弁当を広げた。遠くで子どもたちが遊ぶ声が聞こえ、木々のざわめきが彼の耳に心地よく響く。世の中がどれだけ急いでも、ここでは時間がゆっくりと流れている。


「三谷くん、やっぱり落ち着いてるよな」と同僚の山本が言った。彼はいつも焦っている自分とは対照的な三谷の姿に感心していた。「俺には真似できないけど、そのペースでちゃんと仕事を終わらせるの、すごいよ」。


「焦っても良い結果は出ないからね」と三谷は微笑んで答えた。


夕方、オフィスに戻ると、浅野がまた叫んでいた。「時間がないぞ!全員、残業覚悟でやるんだ!」。だが三谷は、時計を見てそろそろ帰る準備を始めた。彼は無駄な残業をしない主義だった。仕事は終わるまでやるが、それは焦らず、きちんと進めればいいという考えだった。


「三谷、君はなぜいつもそんなにマイペースなんだ?」と浅野が不満げに問い詰めた。


「急いでも、良い仕事はできませんから」と三谷は静かに答えた。


浅野は唖然としながらも、それ以上何も言わなかった。彼には三谷のやり方が理解できなかったが、結果として三谷はいつも確実に仕事を終わらせていたからだ。


その夜、三谷は自宅で静かにコーヒーを飲みながら、本を読んでいた。都会の喧騒の中でも、自分のリズムを守ることが、彼にとっての成功だった。


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