第2章
第20話.お兄様のスパルタ特訓
ここから私の人生が始まる!
――そんなふうに思っていたときも、ありました。
しかし私はノアを舐めていた。やつはスパルタだった。それも超がつくスパルタだったのだ。
翌日の早朝、私はさっそくノアに呼びだされていた。寝ぼけ眼をこすって着替え、朝ごはんを食べてから屋敷の裏手にある訓練場に行ってみると、そこには腰に木刀を差し、仁王立ちしたノアが待ち構えていた。
「いやな予感がする……引き返そうか?」というよく見る選択肢が頭の中に浮かんだし、本能的に回れ右しかけていたのだが、ノアに指導役をお願いしたのは自分である。
私は萎えている両足を叱咤して、ラスボス・ノアの前に早歩きで向かった。
ノアは運動着というのか、比較的ラフな格好をしていた。服の上からでも筋肉が盛り上がっているのが見て取れる。
その逞しい身体つきに内心どぎまぎしながら、とりあえず挨拶。
「おはようございます、お兄様」
「遅い」
ひいっ。
「……初日だから今日は許すが、次はないと思え。明日は一時間早く来い」
「ひ、ひい」
「服もそんなひらひらしたドレスはやめろ、動きやすい格好にするように」
「ひい!」
朝っぱらから矢継ぎ早に喰らうノアの説教は、ものすごく心臓に悪い。
「では、これから訓練の内容を説明する」
「ひいっ、はいっ、よろしくお願いします先生!」
「先生はやめろ」
ノアは露骨にいやそうな顔をしている。
「……教官。いえ、副団長のほうが?」
「ふざけているのか?」
「それでは、お兄様とお呼びします」
まだノアは何か言いたげだったが、これでは一向に話が進まないと思ったのか、嘆息がてら本題に入る。
「今までお前は魔力量だけを笠に着て、まったく修練を積んでこなかった愚かな落ちこぼれだ」
「愚かな落ちこぼれ……」
言い方には棘しかなかったが、事実なので否定できない。
「手始めに確認だ。六つの魔法属性は覚えているか」
「水・炎・風・土・光・闇ですよね?」
よくできました、なんて手放しに褒められることはない。物心ついた子どもなら誰でも知っていることだ。
基本四属性と呼ばれる水・炎・風・土は四すくみの関係。水は炎に強いが、土に弱い。炎は風に強いが、水に弱い。それとは別に、光と闇は互いに弱点属性となる。ゲームにありがちな設定だ。
いわゆる治癒魔法は、水や光の属性魔法に含まれる。言わずもがなカレンは治癒魔法も得意としていた。何を隠そう、攻略対象の怪我を治すのに必須の能力だからである。さすが剣と魔法が出てくるハードな乙女ゲームのヒロイン、隙がない……。
「そうだ。基本的にどんな人間でも魔力を持つが、自分に合った属性の魔法しか使うことはできない。たとえば最も得意とする属性が土であるなら、弱点属性の風魔法は扱いを苦手とすることが多いが、有利属性の水魔法は覚えるのに相性がいい」
ノアはそう言うものの、この場合の「魔法が使える」というのは学園や専門の機関で魔法属性認定試験を受け、それに合格する水準を意味する。
このカルナシア王国では、中級魔法以上の魔法を使える場合に限り、その属性の魔法が使えると公的に認定されるのだ。生活魔法や初級魔法程度では門前払いされる。複数の属性認定を受けた人間は、魔法士の卵が通うエーアス魔法学園にも数えるほどしかいなかった。
そんな中、目の前の人物が偉業を達成していることは、もちろん私も知っている。ゲームでやったので。
両手を組むと、私は瞳を輝かせてノアを仰ぎ見た。
「お兄様は、水、炎、風、土の基本四属性、しかもそれらすべての属性で上級魔法を使いこなすことができるんですよね。さすがです! すごいです! 尊敬します!」
「ああ」
男性が喜ぶさしすせその「さ」「す」「そ」まで駆使して露骨に媚びを売ってみるが、ノアの返事は素っ気ないものだった。自身が天才と褒めそやされる理由のひとつなので、これくらいのことは言われ慣れているのだろう。かわいくない。
「そして花乙女は、すべての属性魔法を使いこなせる。そのことから、エレメンタルマスターとも呼ばれるんですよね」
「そうだ。そしてお前の場合は一切の魔法が使えないため、この得意属性すら未だに分からないわけだな」
うっ、と私は言葉に詰まる。
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