エピローグ それぞれの結末②
また、王宮の玉座に座って思案しているリチャード国王は、徴税官の報告に頭を悩ませていた。先日まで王国の南の領地から入ってきていた税金が激減したからだ。
「そんな急に税収が落ちるわけが無いだろうが。ちゃんと調査はしたのか?」
「はっ、調査した結果、先月まで大量に取引のあったカカオとサトウキビの取引が突然ゼロになっておりました。実際に取引の痕跡もありませんでした」
「バカな、もしや証拠隠滅をしたのではあるまいな?」
「いえ、隠滅したとしても、お金の動きを全て隠すのは難しいはずなのですが、その痕跡すらもありませんでした。取引が無くなったと考えるのが妥当でございます」
王国は、ここしばらくの間、南の領地から上がってくる税収があまりに大きかったために、とても景気が良かった。即座に魔王討伐隊を編成できたのも、この臨時収入のような税収のおかげでもあった。そして、その税収を期待して予算を作成した結果、大幅な赤字となっていた。国王が焦りを感じているのも無理のないことだった。
「まずは取引先を特定せねばなるまいな。それで、その税収を増やした取引相手は誰なのだ?」
国王は、まるで徴税官を責め立てるように問い詰める。彼は一瞬だけ躊躇したのち、恐る恐る口にした。
「聖女様、竜の聖女様でございます」
「な、なんだと。しかし、どうして突然……」
ちょうど、聖女領の内偵に向かっていた兵士が帰ってきて、驚くべき事実を国王に告げた。
「その取引の件ですが、なくなった理由が判明いたしました」
「なんだと。それで、何が原因だったのだ」
先ほどまで徴税官に詰め寄っていた国王は、今度は兵士に詰め寄った。聖女に偉そうに言っていた国王だった。実際やっていることは、詰め寄ることだけであった。
「魔界、魔界でございます。魔界には、カカオとサトウキビが豊富に生えていて、それを仕入れるようになったために、取引の必要が無くなったようです」
「なんだと、まさか王国を裏切ろうとしているのではあるまいな?」
国王は、過去に自分が魔界を聖女に押し付けたを棚上げして、謀反の疑いをかけていた。しかし、尋ねられた兵士ははっきりと首を横に振った。
「いえ、領内での動向も探ってみたのですが、ひたすら魔界から仕入れてチョコレートを売っているだけでございました。兵士となる人員や武器の調達なども行っている様子はありませんでした」
それもそのはず。聖女が王国を滅ぼそうとするなら、黒竜に「王国を滅ぼそう」と言えば済む話である。維持費のかかる兵士や武器など買いそろえるだけ無意味だった。しかし、聖女に対して手詰まりとなった国王は、歯ぎしりをしながら悔しさを滲ませる。
「くそっ、聖女が王国を騙して利益を貪っているのは間違いない。それには絶対に裏があるはずだ。貴様ら、絶対に証拠を見つけてくるのだ」
そう言って、兵士や徴税官を追い立てる。しかし、すぐに動いた兵士に対して、徴税官は、その場で首を振った。
「不可能でございます。聖女領は十年間の免税を、陛下自らがお認めになりました。不用意につつけば火傷するのはこちらでございます」
徴税官の言葉に、国王はあからさまに怒りの表情を浮かべた。国王にとってみれば、目の前の財宝を聖女に搔っ攫われた形になったわけである。自らの蒔いた種とはいえ、決して許されるものではなかった。
「ぐぬぬぬ。こうなったら、聖女も王家に組み込んでしまうしかないのか……。カイルのヤツは残念だったが、ワシにはルイスがいるからな」
「なるほど、良い考えでございます」
「そうだろう、そうだろう。さっそく婚約の段取りを決めねばならんな――」
「――その婚約、待ってもらおうか」
国王が聖女との婚約を進めようとしたとき、窓の外から声が聞こえてきた。
「な、何者だ?」
「俺だ、カイルだ」
「えっ、カイル……。生きていたのか?」
「ふっ、俺が簡単に死ぬわけが無いだろうが。そもそも魔王とすら戦ってはいない。聖女のヤツが俺の功績をかっさらっていきやがったんだよ」
カイルの言葉に全員が騒然とする。なぜなら彼らは当の聖女からカイルの訃報を聞いていたのだから当然だろう。
「そんなバカな、ワシらは聖女からカイルが死んだと聞いたのだぞ」
国王の言葉にカイルを除く全員が頷いた。しかし、聖女は「残念ながら……」と言っただけである。それを全員がカイルの訃報だと誤認していたのだった。しかし、そんな事情など知らないカイルは聖女に対して怒りを燃やす。
「くそっ、あいつは一体どこまで俺をバカにすれば気が済むと言うんだ。いいか、あいつの婚約者は俺だ、俺があいつを分からせてやる」
カイルの宣言に国王が目を丸くして驚いていた。
「な、何をバカなことを言っておるのだ。お前にはエリザベスという婚約者がいるではないか」
「ふん、親同士が決めた婚約など、破棄してしまえばいいんだよ。それに俺があいつと仲良くしていれば、エリザベスが嫌がらせをするだろう。それを理由に婚約破棄をすれば問題ない」
カイルの展開した屁理屈に頷く者は誰もいなかった。それは国王でさえも例外ではない。だが、自分の言葉に酔っている彼は、それに気付くこともなく言葉を続ける。
「それに、王位継承者と聖女は婚約するのを『しきたり』にしてしまえば問題ない。それならば俺と聖女が婚約する根拠にもなるからな」
この時のカイルは全てを自分の都合よく解釈していた。一見、理路整然としているように見えた屁理屈は、その場に居合わせた人たちを頷かせるだけの力があった。
「うーむ、確かに……。そう言うことであれば、聖女も断れんだろう。よし、その功績に免じて、お前を聖女の婚約者に推薦するとしよう」
こうして、満場一致でカイル王子は聖女の婚約者となることが決定されたのだった。
「くくく、待っていろよ。聖女ユーリ。俺がお前を分からせて忠実な女にしてやるぜ」
割れんばかりの拍手の中、カイルの下衆い宣言が響き渡っていた。
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