エピローグ それぞれの結末①
魔界が聖女領になってから数日後、魔王あらためアークは早速、ゲラルドから報告があると言われて、魔王城にゲラルドを呼び出していた。
「さすがはゲラルド……。相変わらず仕事が早いな」
彼は自分の恋人候補が、わずか数日で孵化するとは思っていなかったこともあり、上機嫌でゲラルドを出迎えた。一方のゲラルドは逆にやつれていて、彼が誠心誠意を込めて卵を温めてくれたことが窺える様子だった。
「はっ、魔王……アーク様の指示に従って、四六時中、人肌くらいの温度で温めるようにしておりました。ですが……」
しかしゲラルドは歯切れ悪く答えると『りゅうのたまご』の箱をアークに差し出した。彼が嬉々として蓋を開けると、ドロドロに溶けたチョコレートが卵型の窪みに溜まっていた。黒と白のチョコレートが中途半端に混ざり合っていて見た目にも気持ち悪いものだったが、それ以上に酸っぱい匂いを放っていた。
「な、なんだ、これは……。溶けている、しかも、腐っておるではないか」
「はっ、温めたところ、このような状態に……。それでも温め続けたのですが……。本日、確認しましたら、このような状態に……」
『りゅうのたまご』の状態を見たアークは、その悲惨な状況に驚愕し、言葉を失っていた。しかし、状況を完全に把握するに従い、その表情に怒りが浮かんできた。
「……ゲラルドよ。お前には失望したぞ。あれほど大切に温めよと伝えたにも関わらず……。お前は処刑だ。お前たち、こいつを牢屋に放り込んでおけ」
「アーク様、お待ちください。アーク様ァァァァァァ」
ゲラルドの悲痛な叫びを残して、彼は牢屋へと連れていかれた。彼を見送った魔王だったが、完全に憔悴しきっていた。
「くそっ、まさかこんなことになるとは。聖女様になんと申し開きをすれば良いのか……」
アークは台無しになった箱を抱えて、絶望の表情でドラゴンテイルの街へと飛んでいった。街に着いたアークは一目散に領主の館へと向かう。
「聖女様ァァァァ。も、申し訳ございませぬぅぅぅぅ」
「んんん? アーク? 何があったの?」
急に飛び込んでいたアークに僕は目を丸くして驚いていた。
「先日、俺にくれた『りゅうのたまご』なのだが……。俺の部下の不手際で台無しにしてしまったのだ」
アークは『りゅうのたまご』を取り出して、僕の方に差し出してきた。どういうことだろうかと思って箱を開けた僕は、その酷い物体に吐きそうになった。
「なにこれ……。なんで、こんなになるまで食べないでいたの?」
「食べるなんて、もったいないことする訳が無かろう。お前が俺のために用意してくれたものだろう」
確かにそれは、僕がアークのために用意したものだ、でも、食べるのがもったいないって、どれだけ貧乏性なんだろうか。
「もったいないとしても、こんな風にはならないと思うんだけど。何をしたんだよ……」
「何もしていないが……。信頼できるはずの部下に、大切に温めてもらっただけだ」
僕はアークの言葉に耳を疑った。チョコレートを大切に温めるとは、どういうことなのか、さっぱり理解できなかった。思わず、正直な疑問を彼にぶつけてしまう。
「いや、なんで大切に温めるんだよ。それだよ、原因は」
「えっ、それはファヴィと聖女様の愛の結晶である卵を温めて、生まれてきた子供を恋人に育てるためだ」
僕は正直な疑問を投げかけたはずなのに、返ってきた答えを聞いて、疑問が解決するどころかますます意味が分からなくなった。僕は話を整理するために温めた理由を深掘りすることにした。
「そもそも、何で温める必要があったのか、それからして分からないんだけど……」
「だから、卵なのだろう。ファヴィと聖女様の愛の結晶だと言ったではないか。ファヴィと交尾して産んだ卵を、俺が一から育てて恋人にしろと聖女様は言ったではないか。だから、大切に温めていたのだ」
どうやら、アークはもの凄い勘違いをしているようだ。そもそも、『りゅうのたまご』はファヴィと僕が中心になって作ったお菓子であって、ファヴィと、こ、こ、交尾……して産んだものではないよ。ただのチョコレート菓子だよ……。そして、卵から育てるとか、お前は光源氏かよ、とツッコミを入れたくなった。
「くくく、アークよ。それはただお菓子だ。まさか、本当に勘違いしていたとは、相変わらず面白いことをしてくれる」
僕がツッコミを入れようとしたところで、横からファヴィが爆笑しながらネタばらしをしていた。
「もしかして、ファヴィは最初から気付いていた?」
「最初は、薄々だったがな。さっきの話で確信したところだ」
「もう、ファヴィの意地悪っ」
「許せ、我も確信があったわけではないのだ。先ほどまではな」
「まあ、しょうがないか……。ところで、部下の人に温めてもらっていたって言ってたけど……。もしかして、酷いことしたりしていないでしょうね?」
僕がジト目でアークを見ると、あからさまに動揺していた。
「あ、いや、だ、大丈夫だ。俺は帰る。さらばだ。あ、彼女をつくる件、よろしく頼んだぞ」
「明らかに事後じゃないか。そして、しれっと彼女が欲しいアピールするな」
僕はアークを りつけようとしたが、それを聞く前に飛び去ってしまった。後日、冤罪だと分かって無事に釈放されたゲラルドから、もの凄く感謝されたんだけど、アークはその隣で反省の土下座を延々としていて、それを見ていたファヴィはずっと笑い転げていたのだった。
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