第十話 魔界と王国をつなぐ聖女④

「聖女、並びに、その一行よ。面を上げよ」


 その言葉を受けて、僕たちがは立ち上がると、早々に用件を告げる。


「昨日、魔王との決着を付けてまいりました。討伐こそできませんでしたが、こうして和解いたしました」


 そう言って、親書を国王に渡す。それに彼が目を通して、大きく頷いた。


「分かった。だが、一つだけ条件を付けさせてもらう。いかに聖女が仲裁に動いたとしても、犯してきた罪を見過ごすことはできぬ」


 厳かに僕たちに告げられた内容は、至極まっとうなものだった。確かに親書には僕たちが損害を賠償する旨を伝えてはあるが、お金を払っても犯した罪は無くならないだろう。僕も、その点は覚悟していたので、できるだけ平静を装って訊ねる。


「それで……。条件とは、どのようなものでしょうか?」

「魔界を……。聖女の領地に併合するのだ。代わりに徴税権や領民の管理権、司法権など全て、王国としては聖女にいたくする。それで良いか?」


 どうやら、王国としては窮乏している魔界を引き取りたくないらしい。さらには、魔王のやらかしで魔界全体が犯罪者集団のように見られているようで、国王としては僕に押し付けるつもりのようだ。やれやれ、仕方ないから国王に恩でも売りつけておくか。


「かしこまりました。それでは、魔界はぼ……私の領地とさせていただきます。ですが、その分、手間がかかりますので、そのあたりはよろしく頼みますよ」

「うむ、しっかりと治めてみせよ。その功績に免じて、しばらく聖女としての活動はしなくても良いこととする。それで良いな」


 おっと、意外と良い提案が出てきてしまったようだ。これには僕も頷かざるを得なかった。よし、ロベルトが何か言ってきたら、国王に振ってやろう。だが、僕もこの程度で済まされるような安い女じゃないんだよ。


「だが、それだけでは少々割に合いませんね。領地の収入に対する王国への上納金を十年間免除してくれたら考えましょう」


 僕の提案に国王はしばしの間、思案していたが、大きく頷いてから口を開く。


「わかった、それも受け入れよう。だが、免除は十年間だけだぞ。そして、十年後も魔界は聖女の領地のままだぞ。いいのか?」

「もちろんです。むしろ、陛下の方が前言撤回しないかと、不安ですけど」

「はっはっは、そんな心配は無用だ。ワシは結果だけを重視する男。ここで決めた結果こそが重要である。その前提などワシには関係ない」


 鷹揚に笑っているんだけど、普通に撤回しそうだからなぁ……。


「それでは、その契約内容についての書面と、魔王への親書を頂けますか?」

「お安い御用だ。すぐに用意しよう」

 国王は宰相に命じると、すぐに書面を用意した。国王は書面を確認して、印璽を押してから僕に渡してきた。

「それで良いか?」

「もちろんです。それでは、こちらを届けに行ってきますね」


 僕とファヴィは入ってきた窓から飛び立つと、ドラゴンテイルの街に戻ってきた。そこには僕の帰りを、カイルが首を長くして待っていた。


「お待たせ。帰ってきたよ。これが返礼の親書。そして、これが魔界をぼ……私の領地にするという契約書ね」

「おい、さっさと寄越せ」


 カイルは僕から信書と契約書をひったくると隅々まで熟読する。その一言も喋らず真剣書類を読む姿は女性だったら惚れてしまっても不思議ではないないほど絵になる。まあ、喋った瞬間に冷めてしまうんだけどね。


「くそ、本当に和解すると言うのか……。俺の功績に対する責任は、どう取ってくれると言うのだ……」


カイルの誘惑タイムはあっさりと終了した。もちろん、僕の恋心も一瞬で冷めてしまったのは言うまでもない。イケメン、なんだけどなぁ……。それ以外が残念過ぎる。


「それは、残念だけど自分で何とかしてくれないと。あ、そうそう。ちゃんと宿泊費やら宴会代とかは払ってよね。ツケとか言ったら魔王と一緒だからね」


 まあ、彼の功績については自分で何とかしてもらうようにした。もちろん、街で使った魔王討伐隊の費用を請求するのは忘れない。ツケとか言ったら、今度は王太子討伐隊でもけしかけてやろうか?


「まあ、そういう訳なんで……。ぼ……私は魔界に行くから、あとは頼んだよ」


 怒りと焦りと動揺で、顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりと忙しないカイル王子を放置して、僕は魔王城へと向かう。魔王城では、魔王が上機嫌で僕を出迎えてくれた。


「よくぞ参った。あれから俺も一から育てるのを実践しているところだ。ふはは、全てはお前たちのおかげである」


 開口一番、魔王は彼女探しの進捗を報告してきたんだけど、それって一番どうでも

良い話だよね。この親書を待ちわびていたとか……。せめて、フリだけでも良いから言って欲しかった。いずれにしても、彼宛の親書なので魔王に手渡した。


「素晴らしい。この魔界も魔界の聖女の物となるのか」

「えっ? それは王としてどうなの? 自分が王じゃなくなるってことだよ」

「大丈夫だ、問題ない。これまでは魔王アークだったが、これからはタダのアークになるだけだ。むしろ、肩書でやってくる女がいなくなるのだ。それだけでもメリットだ。ま、まあ……。今は一から育てているのだから、関係ないのだがな」


 どうやら、魔王あらためアークは彼女ができれば、どうでもいいらしい。よく、こんな男を王にしていたな、魔界よ。だから困窮するのではないか?


「わかったよ。それじゃあ、これからはぼ……私の領地だよ。それじゃあ、よろしくね」

「ああ、こちらこそ。これからよろしく頼むぞ」


こうして、僕とアークは固い握手を交わし、王国と魔界の友好関係が正式に結ばれたのだった。

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