第十話 魔界と王国をつなぐ聖女②

「そうだ、その意気だ。ぼ……私もファヴィも応援しているし、協力もするから一から頑張ってみるんだよ」

「何回も相談することになるかもしれんが、頼んだぞ。ファヴィも裏切り者と言ってしまい、申し訳なかった」

「ふ、気にするな。俺とお前の仲だろうが」


 どうやら、僕たちと魔王の関係は良い感じに落ち着きそうな気配を見せていた。僕は、ここで決めるためにお土産を取り出した。


「それで……、魔王にお土産があるんだ。これなんだけど……。『りゅうのたまご』って言うんだ」

「竜の卵? もしや、これはお前が……?」

「うん、ぼ……私がファヴィと作ったんだよ。愛の結晶、って感じかな」


 ファヴィと初めて協力して作った商品なので、言葉に出して言うのは少し恥ずかしい気分になる。しかし、なぜか、それを受け取る魔王も恥ずかしそうにしていた……。


「なるほど、なるほど。愛の結晶の卵か……。ここから育てていけと言うことだな。ありがたい、感謝するぞ」


 魔王が良く分からないことを言いながら、涙を流して感謝しているんだけど。まさかチョコレートで、ここまで感動するとは思わなかった。そう考えたところで、もう一つ大事なことがあるのを思い出した。


「そうだ、チョコレートだよ。魔界って色んな植物が生えているでしょ。それをぼ……私たちと取引しよう。それでお金を手に入れて、王国で買い物をすればいいんだよ」

「なんと。俺も王国で食べても捕まらなくなるのか?」

「もちろん、この国に生えているカカオとかサトウキビを買い取るから、王国の食料も魔界に運んであげてもいいし。魔界の生活も改善するはず……」


 僕がチョコレートの取引を持ちかけると、魔王は目を輝かせ始めた。


「素晴らしい。だが、カカオとかサトウキビとは何だ?」

「この実と、この草のことだ。それから、このヤシの実も取引する予定だ」

「この苦いだけの実と甘ったるい草と、固い実を買うと言うのか? 何という酔狂なヤツなんだ……。だが、それがお金になると言うのであれば、文句は言うまい」


 魔王の目に希望の光が宿る。それもそのはず、これまで明日の食べ物にも困っていた魔界が救われる可能性が出てきたのだから。


「もちろん、それなりのお金は払うよ。けど、独り占めしちゃダメだからね。魔界の人たちにも、しっかりと還元すること」

「ふっ、もちろんだ。言うまでもない。そうでなくとも恩人の言うことだ。従うに決まっている」

「まぁ、でも、魔王の彼女の件は、少し先になりそうだけど……」


 僕は魔界の窮乏とは違って、魔王の彼女の件は解決に時間がかかることを気にしていた。しかし、どうやら解決への道筋は見えているようで、「大丈夫だ」と言いながら首を横に振った。


「ふっ、ここまでお膳立てしてもらったのだ。十分だろう。後は俺の努力と時間が解決するだろう。お前たちは、それを見ているだけで良い」

「そうなの? それなら良いんだけど……」


 魔王の様子に腑に落ちない気持ちになったけど、本人が見ているだけで良いと言っているのだから、ほとんど解決したのだろう。僕は魔王の彼女を夢想して微笑ましい気持ちになった。


「あとは……。今回のことについては、こっちで補填しておくから。魔王は、今回の経緯についての親書を書いて。それを国王に叩きつけてくるから」

「お安い御用だ。だが、俺がモテモテだったこととか、捕まって誰からも相手にされなくなったこととか、彼女を作るために頑張ることも書かないといけないか?」


 何を言っているんだろう、この魔王は。何で国王に魔王の恋愛事情を教える必要があると言うのだろうか……。これだから恋愛初心者は……。しかたない、ファヴィのおかげで恋愛初心者を脱した僕が、きっちり手ほどきをしてやるしかないよね。


「そんなことは書く必要ないよ。書かなきゃいけないことは、魔界が窮乏していること、魔王が一文無しということ、それとぼ……私の領地と取引することで王国のお金を手に入れて、二度と食い逃げをしないということ、それから、王国と協力してきたいと言うことを書けばいいよ」

「なるほど。少し待っていろ。……書けたぞ。これでいいか?」


 魔王に渡された親書が問題無いことを確認する。


「そしたら、もう一部、コピーを作れたりする?」

「ふっ、俺は魔王だぞ。その程度、造作もないわ」


 魔王が使った魔法で、一瞬のうちに親書のコピーが作成された。コピーした方を僕のカバンに、原本を封筒に入れて封蝋をしてもらう。


「それじゃあ、僕たちは行くから。王国から返事を貰ったら、また戻ってくるよ」

「分かった、待っておるぞ」


 こうして、僕たちは親書を持って、ゲートをくぐってドラゴンテイルの街まで戻った。



 僕たちを見送った魔王は、側近であるゲラルドを呼び出した。


「何か御用でしょうか、陛下」

「ああ、そうだ。これは非常に重要な仕事だ。それだけに信頼できるものでないと任せられないのだ。その点、お前は昔から俺によく尽くしてくれているからな。この仕事を任せられるとすれば、お前しかおらんのだ」

「さすれば、全力をもって陛下の信頼に応えましょうぞ」

「さすがだな。それで……。依頼と言うのは他でもない、これを大切に温めるのだ」


 ゲラルドは、魔王より受け取った『りゅうのたまご』の箱を開けて、その中を見ながら怪訝そうな顔をした。


「こちらを、温めるのですか?」

「そうだ、これは俺の未来でもある。俺の未来を託せるのはお前しかいないということだ。くれぐれも大切に、大切に温めてくれよ」

「……陛下が、そうおっしゃるのであれば、不肖ゲラルド、誠心誠意をもって、こちらを温めましょうぞ」


 ゲラルドは不思議そうな顔をしながらも、魔王アークの右腕として、彼の未来を背負う使命に身を震わせるのだった。


「くれぐれも、くれぐれも頼むぞ。俺の未来の恋人候補たちよ……」


 その魔王のつぶやきは、誰にも聞こえることなく、風の中に消えていった。



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