第十話 魔界と王国をつなぐ聖女①
パリィーーーーン。
盛大に窓ガラスを割る音と共に、僕たちは魔王城に突入した。部屋を見回すと、華美な装飾が施されているものの、だいぶ年季が入っていて、あちこちに劣化の跡が見られる。奥の方には、これまた豪華なベッドが置いてあり、被せられた布団がこんもりと膨らんでいた。僕たちの入った音に気付いたのか、布団の端から魔王が顔を出して震えていた。
「き、貴様ら……。俺にトドメを刺しに来たのか?」
「そんなことする訳ないじゃないですか。魔王の機嫌を直してもらいたくて、わざわざやってきたんですよ」
「ふざけるな、貴様らのラブラブな所を見せつけられて、機嫌が直るわけがないだろうが。帰れッッッ」
どうやら僕たち二人でやってきたことが、魔王の心にさらにダメージを与えたようだ。だが、この程度で怯んでいるようではブラック企業ではやっていられないんだよね。
「いや、ちょっと待って。話だけでも聞いて欲しいんだ。とりあえず前向きな話をしたいからやってきたんだよ。ぼ……私は別の世界から来たばかりで、経緯とかも全然分からないから、その辺を詳しく教えて欲しいんだよ。それで、力になれることがあれば協力するから……」
息を荒げながらも、魔王は僕の話を大人しく聞いていた。しばしの間、息を整えると静かに話し始めた。
「そこまで言うなら、経緯を教えてやろう。かつて、俺はモテモテだった」
唐突に始まったリア充宣言に、僕はそのまま放置して帰りたくなってしまった。だけど、我慢して魔王の話を聞くことにした。これがカイル王子だったら、即座に斬り捨てていただろう。まったく、感謝の一つでもしてもらいたいものだ。
「モテモテだった、と言っても、俺は魔王だからな。所詮は肩書に釣られた愚かな女どもだろうと、思っていたのだ。そして、来る日も来る日も肩書に釣られた女どもに言い寄られた俺は、女など不要だと悟ったのだ」
この時、初めて『リア充爆発しろ』という言葉の意味を実感した。まさか、僕の中に、ここまで黒い感情が渦巻いていたとは……。
「そして志を同じくする、そこのファヴィと出会って協力関係を結んだのだ」
「そうなの? ファヴィ」
「そうだな。イリアス聖教が我の身体が黒いからという理由で邪竜認定してきたのだ。それだけなら良かったのだが、頻繁に刺客を送ってきて煩わしかったので、文句を言いに行こうとした所でアークが来たのだ。それで目的地が同じだということで、一緒に行くことになったのだが……」
「だが、貴様は俺を置いて、先に行ってしまったではないか」
ファヴィの言葉に、魔王は怒りで顔を歪ませながら吐き捨てるように言った。
「途中の街や村に行こうとするからだろうが」
「仕方ないだろうが……目の前に美味しそうな食べ物とかお菓子とかあったら、欲しくなるに決まっている。まったく、人の心の分からぬヤツめ」
「それが原因で、王国の連中に指名手配されて、捕まっていれば世話が無いな」
「う、うるさい。俺が王国のお金など持っているはずが無いだろうが」
魔王は顔を真っ赤にして反論するが、もはや彼の説得力は無いに等しかった。
「要するに、魔王は無銭飲食した結果、王国に捕まったから、それで復讐をしたいということ?」
完全に逆恨みだが、話をまとめると、そう言うことになるはずだ。しかし、僕の言葉に魔王は大きくかぶりを振った。
「いいや、捕まったことは事実だが、俺が魔王だと分かると、すぐに釈放された。いわゆる冤罪というヤツだ。だが、忌々しいことに、俺を魔界に送り返して、王国はゲートを封印してしまったのだ」
魔王よ、それは冤罪ではなく強制送還ってヤツだよ。しかも、国単位で入国拒否とか普通はあり得ないよ。そこで魔王は唐突に天を仰いで話を続ける。
「その結果、俺は『食い逃げで捕まるなんてダサッ。しかも強制送還されてるし』と言ってバカにされる始末。それまではしつこく言い寄ってきた女どもも、手のひらを返したように俺を無視するようになったのだ。焦った俺は積極的にアプローチをするようになったが、誰も振り向く者はいなかった」
そりゃあ、いわゆる前科持ちだからね、当然だ。完全に魔王の方が悪いよ。よく魔王を辞めさせられなかったなぁ、なんて思うくらいだ。それでも、誰も応えてくれないのは相当だと思うけど……。
「結局のところ、どうなればいいの?」
「それは、彼女が欲しいのだ。だが、俺が彼氏になってやろう、と言っても、誰も応えてくれんのだ……」
この魔王、どれだけ上から目線でアプローチしてるんだよ……。だからダメなんじゃないか……。
「ダメだ、ダメだ。全然ダメだよ。もっと努力しないと彼女なんてできるわけがないよ」
「努力……。しているではないか。積極的にアプローチをしているだろうが」
「ただアプローチすれば良いってものじゃない。もっと相手との関係を地道に育てていかないと」
「育てる……。地道に……。分かった。俺も男だ、頑張ってみるぞ」
魔王は僕の言葉に何か感じ取ったものがあるらしく、先ほどまでの陰湿な雰囲気は完全に無くなっていた。むしろ、やる気に満ち溢れていると言えよう。
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