第九話 出撃、魔王討伐隊②

 翌朝、僕の目覚めは遅い。普段なら日が高く昇るまで寝ているんだけど、今日は集合時間もあるので、九時くらいにミーナに叩き起こされた。


「ユーリ様。朝の支度をしますよ」

「ふぁあい」


 僕は寝ぼけたまま、ミーナに手伝ってもらって、朝の支度を終えた。気付けば服も、髪型もバッチリ整えられていて、あとはリュックを持って出発だけだ。迎えに来た馬車に乗って、集合場所である王宮へと向かう。既に王宮の前にはカイル王子を始め、精鋭の兵士や神官、魔法使いが整列していた。僕が馬車から降りると、唐突にカイルの罵声が飛んできた。


「遅いぞ、何をやっているんだ。まったく、聖女だのと持て囃されているようだが、俺と行動を共にする以上、そんな怠慢は許されんぞ」

「許されないって、どうするんですか?」

「ふん、付いていけないようなヤツは置いていくだけだ」

「じゃあ、それで。いってらっしゃいませ」

「なっ、貴様、ふざけているのか。気持ちが弛んでるぞ」


 カイルの俺様な態度には、正直なところ付いていけないと思っていた僕は、置いていくことを提案してくれたので、素直に彼の提案に乗ることにした。乗ってあげたはずなんだけど、なぜかカイルは怒りだしてしまった。まったく、国王といい、ここの王族はみんな怒りっぽいのだろうか。


「ふざけるわけないじゃないですか。もともと殿下には付いていけないと思っていたので、殿下の提案を受け入れてあげただけです」

「貴様ァァァァ、平民の分際で口を慎めよ。俺は、この国の第一王子だぞ」


 唐突に始まった権力マウントに辟易するけど、口を慎め、っていうことは何も言う必要はない、と言うことだろう。正直なところ、この俺様王子を言いくるめるのは面倒くさいと思っていたところだったので、僕としても都合が良かった。俺様の割には意外と話が分かるヤツなのかもしれない。


「よし、全員揃ったな。行くぞ」

「「「おおおお」」」


 カイルの号令に一斉に応える一般兵たち。それを僕は後ろから、他の見送りの人にまじって手を振って見送ることにした。それに気付いたカイルは、なぜか怒りに顔を歪ませながら僕の方へとやってきた。


「貴様、何をやっているんだ。さっさと動け」


 何を言っているんだ、この男は……。さっき分かり合えたと思ったのに、手のひらを返すのが早すぎである。


「いえ、ぼ……私は置いていくんですよね。だから、こうしてお見送りをしてあげているのですけれども……。殿下もそれで良いと仰ってくれましたし……」

「言ってないわァァァァ。そもそも聖女を置いてく訳が無いだろうが。分かったら、さっさと行くぞ」

「うわ、やめっ。ちょっと、酷いことしないでください」


 僕の腕を掴んで、強引に連れて行こうとするカイルに全力で抵抗すると、周囲の目線が鋭くなる。彼も、それを察して、しぶしぶと手を放した。


「わかったよ。置いていかないから、馬車に乗ってくれ」

「あ、馬車は殿下とは別にしてくださいよ。ずっと顔を合わせるなんて、気疲れするだけなんですから」

「…………」


 僕の言葉を理解したのだろう。顔を歪ませながら、殿下はもう一つの馬車へと乗り込んだ。後で聞いた話では、もともと馬車は男女別に用意していたらしく、何も言わなくても別の馬車になるということだった。僕の乗った女性用馬車には、先に魔法使いのお姉さんが乗っていて、優しく教えてくれた。まったく、殿下は彼女の爪の垢でも煎じて飲めばいいのに……。


 こうして馬車は魔界へと向かう。もちろん、魔界のゲートは僕の領地であるドラゴンテイルの街の遥か先なので、馬車で行くとなると五日はかかる。今回は徒歩になる一般兵の方々もいるので、七日かけてドラゴンテイルの街に向かう予定だ。途中の街や村では基本的に自由行動となっているのだが、なぜかカイルが食事に誘ってくる。言い分としては「親睦を深めて、緊密な連携を取るため」と言っているんだよね、


 そもそも、彼の緊密な連携って、彼の動きに合わせて適切に動けってことに決まっている。だけど、そんなことを言われても聖女としての動きなど全くできない僕には無理ってものだ。「今だ、回復しろ」とか言われても、回復できないし……。それで「何で回復しなかったんだ」って詰られるのが容易に想像できるんだよ。


「まったく……。手間取らせやがって」

「何々? 随分と聖女様にご執心じゃない。まさか浮気でもするつもり?」

「ふん、そんなこと教会が認めるわけがなかろう。そもそも殿下には婚約者がいるではないか」


 何だかんだ言い訳つけて回避していたんだけど、この日は部屋の前で待ち伏せされて、あっさりと連行された。そして、魔法使いのリシアと神官のクロードが先に席に付いていた。リシアが僕を脇に抱えた王子を冷やかし、クロードが釘を刺す構図だった。


「浮気ではない。そもそも婚約者と言っても、親が決めたものだからな」


 いやいや、婚約者ってそういうものだろう。何で僕の方を見ながらそれを言う……。そもそも、婚約者をないがしろにするような男に好意を抱くとでも思っているのだろうか。ここはどこかのWEB小説の世界じゃないんだぞ。


「おほほ、わたくし、婚約者をないがしろにするような無責任な方は嫌いですのよ」


 ためしに悪役令嬢っぽい感じで婚約者を軽視するカイルは嫌いだと主張する。もちろん、婚約者を大事にしても嫌いなんだけど。だが、慣れない言い方をするものじゃないな。言い終わってからメチャクチャ寒気がしたわ。おそらく二度とすることは無いだろう。


「あらら、これはフラれちゃったわね。王太子、残念」

「当然であろう。ユーリ様は竜の聖女であるぞ。王太子ごときが恐れ多いぞ」


 神官としては教会と王家は対等の立場であるため、殿下であろうと容赦がない。まあ、俺様王子にとっては腹に据えかねるほど気に入らないらしく、イケメンがまるでオーガのように顔が歪んでいた。


「何と言われても、ぼ……私とカイル殿下がどうこうなることはありませんけどね」

「ふん、そんなこと言っていられるのも今のうちだ。どうせすぐに、お前も俺に媚びるようになるだろう」


 僕は自分が、この男に媚びている場面を想像して吐き気を催した。


「やれやれ、そんな話を食事中にするものじゃないよ」


 思わず汚物をみるような目でカイルを見ながら、心の声を漏らしてしまった。そのことで怒り狂ってしまい、この日は夜遅く泥酔するまで酒を飲んでいた。それだけなら、彼の失態だけの話なんだけど、僕たちはそれに捕まって酔いつぶれるまで付き合わされることになったのである。


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