第八話 王都に迫る魔王③
ファヴィは一旦、地面に降り立つと、ロベルトとミーナを下ろして再び空へと舞い上がった。
「えっ、僕は乗ったままなの?」
「問題無かろう。ユーリ一人なら問題はない。それにユーリが背中にいる方が安心して力が出せるからな」
マジか。僕は下で観戦するだけでいいんだけど。ファヴィが言うなら仕方ない。僕は覚悟を決めて、ファヴィの背中にしがみついた。その間にも魔王は新たな魔法で漆黒のハンマーを作り出し、それを振り下ろしていた。
「させるか。我とユーリの故郷を貴様の手で汚すわけにはいかん」
ファヴィはハンマーの振り下ろしに合わせて金色のブレスを吐いた。空中で衝突した二つの力は、巨大な衝撃波を撒き散らしながら相殺された。
「来たか、裏切り者め……」
魔王は僕たち──正確には僕を睨みつけていた。裏切り者ってファヴィのことじゃないのか。何で僕が睨みつけられているのか全く分からなかった。だが、魔王の次の言葉でその理由が明らかになった。
「ファヴィよ。貴様はかつて『女など、どれも同じ。我にとっては無用なものだ』とか言ってただろうが。そんなヤツが、なぜ、なぜ、今度は女の尻に敷かれているのだ」
「ファヴィ。マジか」
僕は、その言葉にドン引きだった。僕のことも無用だと言っているように思えて、軽蔑の眼差しを向けてしまう。しかし、ファヴィは僕の視線を無視して魔王に詰め寄った。
「適当なことを言うでない。我にとっては番であることだけが重要なのだ。女は確かにどれも同じで無用なものだが、番であるユーリは別格なのだ。別格と思える相手がいないこと。お前が一向に相手ができないのは、それが理由だろうに……」
この時、ファヴィが僕のことを特別だと言ったのを聞いて、嬉しくて居ても立ってもいられない、不思議な感覚にとらわれていた。
「ファヴィ……。ごめん、疑ったりして。そんなにぼ……私のことを大事に思ってくれているなんて、思ってなくて……」
「気にするな。あの言葉を聞いて、ユーリが不信感を抱く気持ちも分からなくもないからな。だからこそ、信じてもらえるように行動で示すのだよ」
「ファヴィ、ありがとう。ぼ……私もファヴィのことをちゃんと信じれるように頑張るから。見捨てないでくれると嬉しいなっ」
「ふふふ、愚問だな。ユーリを見捨てるくらいなら、我が身代わりになるぞ」
「もう、ファヴィったら。でも、嬉しいよ」
魔王の前であるにも関わらず、僕たちはラブラブなカップルのように甘い言葉を言い合っていた。緊張感の欠片もない会話だけど、これから僕たちは力を合わせて魔王と戦わなくちゃいけない。だからこそ、お互いの気持ちの確認が必要だった。こうして、気持ちを通じ合わせた僕たちは、再び魔王に対面する。
「くそぉぉぉぉ。女、女、女の分際で、俺のファヴィを誘惑して尻に敷くなど、許せん。ファヴィもファヴィだ。そんな女にうつつを抜かすなど。竜としての誇りはどこにいったのだ」
どうやら、僕たちが気持ちを通じ合わせたことで、なぜか魔王に絶大な精神的ダメージを与えてしまったようだ。魔王は苦悶の表情を浮かべながら、僕たちに怒りをぶつけてくる。しかし、僕たちの間に生まれた信頼関係は、そんな言葉で揺らぐようなものではなかった。
「ふっ、我の番に尻に敷かれるなら本望というものだ。我にとってユーリは我の命より大事な人間なのだからな」
「もう、そんなこと言って。ファヴィも自分を大事にしないとダメだよ」
「そういうことだ。お前も相手が見つかればわかることだ」
再び甘い言葉によって追い打ちをかけた僕たちだったが、そこにファヴィがトドメの一言を発する。それは今の魔王みたいに拗らせた者には致命傷になりうる一言だった。それを聞いた魔王の顔色が怒りや悲しみ、憎しみ、絶望などによってコロコロと変わっていく。
「くそ、くそ、くそぉぉぉぉ。俺だって、俺だって、頑張ってるだよ。まさかファヴィまで裏切るなんて、許せん、許せんよ。リア充爆発しろぉぉぉ。お前ら覚えていろよぉぉぉ」
ファヴィによってトドメを刺された魔王は、泣きながら飛び去って行った。
「これで王都は大丈夫かな。魔王が仕返しに戻ってきたらどうしよう……」
「大丈夫だ。ヤツは、ああ見えて崩れると弱いからな。あの分だと、ひと月は塞ぎ込んでいるだろう」
「それなら大丈夫だね。よし、みんなの所に戻ろう」
僕たちがロベルトやミーナの所に戻ると、王都の人たちに取り囲まれた。そして、僕たちを見て一斉に跪いた。
「竜の聖女様、王都と我らを救ってくださり、ありがとうございました」
「えっと、いや、僕たち何もしていないんだけど……」
魔王と戦っていたのはロベルトであって、僕たちは魔王の攻撃を一回だけブレスで防いだだけだった。あとは話をしていたら、勝手に魔王が精神的にダメージを受けて、勝手に撤退しただけである。
「いえいえ、大司教様でも魔王には勝てませんでした。しかし、聖女様は無傷で魔王を降したのです。まさしく伝説にある、竜の聖女、そのものでございます」
「いやいや、僕たちの戦いを見ていましたよね。明らかに何もしていなかったですよね」
「それは我々凡俗には見えなかっただけでしょう。現に魔王はすぐに撤退してしまった。これが聖女様のお力であることの何よりの証拠でございます」
完全に竜の聖女信者となってしまった王都の人たちを、どう説得するか悩んでいると、一台の豪華な馬車が、王都の人たちを左右に割りながら、僕たちの前にやってきた。
「竜の聖女ユーリ様。国王がお呼びです。此度の魔王撃退についての褒賞と魔王討伐軍についてのお話をしたいとのことです」
どうやら、国王までも僕が魔王を撃退したと思っているらしい。ホントに国王は目が節穴だな……。
「ちなみに、お断りしても?」
「勅命です。認められるわけが無いでしょう。前みたいに連行されたくなかったら、大人しく付いてきてください」
どうやら、僕に選択肢は無いようだ。ここで逃げても、前みたいに冒険者たちに取り囲まれることになりそうだったので、大人しく付いていくことにした。迎えに来た人の案内に従って、僕とミーナとファヴィ、そしてロベルトは馬車へと乗り込んだ。
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