第八話 王都に迫る魔王②

 ゆっくりと休息を取った僕たちは、ファヴィの背中に乗って王都へと向かっていた。


「あうぅぅぅ、身体中が痛い……」

「日頃の運動不足が原因です。もう少し、普段から運動してください」


 ミーナの特訓によって、僕の休暇だけゆっくりとしたものではなかった。だが、魔王の気配が王都に近づいてきているのをファヴィが察知したため、僕たちも王都へと急行していた。魔王が王都に迫るスピードが予想より早かったのもあって、僕たちは慌てて王都へと向かうことになってしまった。


「うーん、間に合いそう?」

「少し厳しいかもな。もうヤツは王都の目の前で来ているようだし」

「うわぁ、それはヤバいんじゃない。僕たちが着いたら、王都がメチャクチャになってたりして……」

「安心しろ、王都にはヤツもいるからな。そう簡単にはやられんだろう」


 この間は聞き流しちゃったけど、ファヴィの言う『ヤツ』って誰なのか、心当たりがないんだよね。でも、今は王都にいるらしいんだけど。


「そう言えば、ヤツって誰のこと? 魔界のゲートを封印したのも同じ人なの?」

「ああ、ユーリは知らなかったのか。ヤツって言うのは、ユーリの上司の大司教のことだぞ。ヤツは前に魔王討伐に行った時のメンバーの一人だからな。情けないヤツに見えるかもしれんが、ああ見えて、全属性魔法を使いこなす大賢者でもあるんだぞ。アイツが魔王を追い詰めて、魔界のゲートを封印したのだ。何が『極めて強い斥力を交錯させない限り解けることは無いだろう』だ。まったく、ヤツの大言壮語も相変わらずだ」


 ファヴィが苦々し気に言う。だが、僕は彼の言葉を聞いて絶句した。まさか、ロベルトが、かつての勇者パーティーだったなんて……。


「それって、ロベルトって今、何歳なんだよ」

「我の話を聞いて最初に出てくる疑問がそれか。まぁ、前の魔王討伐は五十年前だ。その時は今の国王の父親が勇者として人々を率いていた。そして、勇者をサポートする役目として、戦士と聖女と大司教が同行したのだ」

「と言うことは、ロベルトは五十歳以上?」

「まあ、そうなるだろう。あらゆる魔法を使いこなすヤツにとって、老化を止めることなど容易いことのはずだ」


 あの見た目で五十歳以上というのは詐欺じゃないか。まさかイケメンの青年だと思ったら、五十歳越えのジジイだったとは……。


「そういうわけだ。さすがに魔王には勝てないだろうが。我が到着するまでの時間稼ぎくらいはできるだろう。ま、それくらいはしてもらわんと困る」

「ファヴィが言うなら大丈夫だと思うけど……。でも、ファヴィが知ってるのは五十年前なんでしょ。大丈夫かなぁ」

「くくく、たかが五十年ではないか。その程度で衰えるわけがなかろう」


 ファヴィはそう言うけど、たかが五十年は、どう考えても竜の感覚だろう。人間としては五十年経っていたらマッチョが枯れ枝になってもおかしくない程の長い時間だ。それに僕が言う資格は無いんだけど、ロベルトは詰めが甘い。そもそも、男の僕を聖女召喚とか言って呼び出した挙句、何のチートスキルも寄越さないとか、もはやネタだろうと言いたくなるレベルの詰めの甘さだ。


「まあ、でも大丈夫かな。もしダメだったら、大司祭(笑)ってバカにしてやろう」

「くはは、それはいい。その時は、我も加勢するぞ」

「わ、私だって。あの人には何度ムチャ振りされたか……。そのくらいいう権利はあるはずですっ」


 どうやら、魔王との決戦を前に、僕たち三人の心は一つになったようだ。あとは、そこそこ頑

 張って王都にたどり着くだけとなった。


「よし、そしたら、お菓子を食べて気分を高めていくよ」

「えっ、ユーリ様……。またお太りになられるつもりですか?」

「いやいや、ちゃんと抑えるから、いいでしょ?」

「仕方ありませんね。これだけですよ」


 ミーナはお菓子をカバンから取り出して、僕に差し出してきた。


「せっかくだし、三人で食べよう。はい、これミーナの分ね。ファヴィの分は……」

「我の分は前に放り投げてくれ」


 そうファヴィが言うので、僕は全力で前方にお菓子を投げる。ファヴィは僕が投げた瞬間にスピードを緩め、そこから錐揉み回転をしながら加速して、見事にお菓子を口でキャッチした。加護のおかげで振り落とされることはないものの、突然の錐揉み回転に僕もミーナもびっくりして足が震えていた。


「ちょっと、いきなりアクロバティックな飛び方しないでよ。びっくりしたじゃないか」

「ははは、なかなかスリリングだっただろう。それにその程度では落ちることは無いから安心するがいい」

「むぅ、そうなんだろうけど……。今度からは最初に言ってよ」

「わかった、わかった。そんな頬を膨らませて怒らなくても良いではないか」


 分かってはいたけど、ファヴィにとってはちょっとしたイタズラみたいな感じなのだろう。僕も子供だったら楽しいとか思ったんだろうけどね。精神年齢二十五歳のヘタレリーマンだった僕には刺激が強すぎるんだ。


「そろそろ王都が見えてくるぞ」


 ファヴィの言葉を聞いて、僕たちは前方を眺める。まだ相当な距離があるけど、魔王とロベルトが激しい戦いを繰り広げているのが、派手なエフェクトから一目瞭然だった。


「なかなか、いい勝負してるんじゃないかな。ロベルト」

「そうだな。だいぶ押されているようだが。どうやら、少し見ない間に相当なまっているようだぞ」

「だろうね。でも、派手な魔法だなぁ。僕なんて何も貰えなかったのに……。あの爺さん、ロベルトを優遇しすぎじゃないか」


 天、というか自称神の爺さんに二物どころか十物くらい貰っていそうなロベルトを見ながら、恨み言が漏れる。だが、その声が聞き届けられることはなく、僕はこれからも何もできないし、ロベルトはリア充街道まっしぐらなんだろうと思うと悲しくなってくる。せめて、彼がボロボロになる所を見て留飲を下げるのが関の山だろう。


「あ、ロベルトが落ちていく。ファヴィ拾える?」


 魔王の放った魔法を相殺しきれなかったロベルトがボロボロになって落ちていくのを、ファヴィが背中で上手にキャッチした。


「ロベルト……。普段偉そうにしているんだから、もう少し頑張ってよね」

「お言葉ですが、聖女様。ちょっと来るのが遅すぎるんじゃないですかね。なんで魔王よりも遅いんですか」

「そんなこと言っても、僕も魔王教の連中に捕まっていて大変だったんだから。間一髪でファヴィに助けて貰ったけど、そのせいで封印は解けちゃうし、ホントに大変だったんだよ」

「封印を解いた? そんなバカな……」

「いや、ホントにあっさりと壊れちゃったよ。まったく、どこの大司教(笑)がかけた封印だか知らないけどね」


 さすがのロベルトも僕が嫌味で言っているのに気付いたのか、こめかみに青筋を浮かべながら微笑んでいた。


「ほほぉ、聖女様も言うようになりましたね。後で覚えていてくださいよ」

「やれやれ、そんなことを言っている場合ではないだろう。大司教(笑)よ。邪魔だから、ミーナを連れて早々に降りろ」


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