第八話 王都に迫る魔王①

 翌朝、僕はファヴィ、ミーナと一緒に朝食にでかける。ファヴィの力があれば、魔王にはすぐに追いつけるということもあり、だいぶ心に余裕ができていた。僕たちは、朝でもやっている喫茶店に入り、紅茶とサンドイッチを注文する。


「ユーリ様。いかがですか、調子は」

「だいぶ疲れは取れてきたかな。脂肪は全然取れてないけどね」

「ははは。そのくらいなら、我にとっては誤差のようなものだがな」

「まったく……。ファヴィさんが、そうやって甘やかすから、ユーリ様がぶくぶく太っていくんですよ。少しは自重してください」


 いやいや、そんなにぶくぶく言うほど太ってないと思うんだけど……。


「まあ、今日はみっちりと運動して、少しでも体型を戻しますよ」

「いやぁ、でも今日は魔王を追いかけないとマズいんじゃないかな。二日かかるって言ってたけど、ファヴィでも一日はかかるんでしょ?」

「そこは気にする必要はないぞ。二日というのはまっすぐ行った場合の話だ。どうせあちこち寄り道するだろうから、少なくとも三日はかかると思うぞ」


 どういうことだ? 昨日は、あれだけ王国への恨みを吐き出していたのに、何で寄り道するんだろうか。


「え、そうなの? そう言えば、昨日のこともそうだけど、ファヴィって魔王のこと知ってるの?」

「もちろんだ。かつて共に王国と戦ったのだからな。と言っても、我と魔王では戦う理由は違うみたいだったがな」


 そう言えば、確かに魔王はファヴィと血の誓いを交わしたとか言っていたけど……。さっきの様子だと、そこまで仲が良いようには見えなかったなぁ。


「ふぅん。ちなみに、ファヴィは何で王国と戦ったの?」

「それは、王都の上空を飛んでいた時、イリアス聖教の連中に襲われたからだ」

「なるほど……。それは仕方ないよね。ちなみに、魔王はどうなの?」

「魔王アーク、正式にはアークヴァレンツァ・フォン・グラウニッツェというらしいんだが、ヤツはかつて王国に捕縛されたことがあるらしい。それによって名誉を傷つけられたとして、復讐に燃えておるのだ」


 なるほど、魔王はかつて、王国の捕虜になったことを恨んでいるということか……。


「とはいえ、ヤツの自業自得ではあるのだがな。ヤツは王国中を荒らしまわっていたからな。それに王国が怒って魔王討伐に向かい捕縛したという話だったな」

「結局、自分で蒔いた種じゃないか。まったく、魔王ってとんでもないヤツだね」

「そうだな。結局、一年程度で解放はされたのだが……。それ以来、魔界での権威が落ちてだいぶ苦労したらしいな」


 確かに捕虜になって生き延びていたとしたら、戦争で亡くなった人の身内からしたらやりきれないだろうけど……。だからって王が無事だったのなら、もう少し歓迎ムードになっても良いような気がするんだけど……。魔界って、やっぱり力こそ全てみたいな感じの所のなのかな?


「魔界って、厳しい所なんだね。まあ、僕が行くことはないから良いんだけど……。って、魔王が寄り道してるってことは、早く追いつかないと前みたいに国中が荒らされることになるんじゃないの?」

「それは大丈夫だろう。まぁ、後で補填してあげれば文句は出ないだろう」

「そういうことなので、ユーリ様。今日はみっちりと運動しましょうね」

「は、はぁい。お手柔らかにお願いします」


 こうして、僕の長い一日が始まるのだった。



 一方、王都へと向かっている魔王は、ファヴィの言葉通りまっすぐ王都へと向かわず、色々な街で寄り道をしていた。


「くははは、王国よ、俺は帰ってきた。のんびりしている暇はないが……。少し観光するくらいは問題なかろう。どうせ、あいつらも俺が王都にまっすぐ向かっていると思っているはず。ならば俺は、その裏をかいて王国を満喫するだけよ。くははは」


 魔王は、久々にやってきた王国の街の賑やかな雰囲気にテンションが上がりまくっていた。特に、つい最近、開発されたというチョコレートは試食してみたところ、塊なのに口に入れた瞬間にとろけるような甘さが広がって、まさに舌の上が天国になったような気分になった。


「このお菓子を一箱いただこうか。それと、これとこれも一箱ずつだな」

「まいど、合計で千ゴールドだ」

「わかった、ツケで頼む。あるいは出世払いというヤツだ」

「おいおい、お客さん、冗談よしてくれよ。うちはツケとかやってねえんだからよ」

「では、頂いてくぞ。さらばだ」「おい、まて、まてよぉぉぉ」


 魔王はお菓子の箱をカバンに突っ込むと、そのまま店から出て空へと飛び立った。次の街へたどり着いた魔王は、同じように店に入ると、ツケで大量のお菓子を購入する。彼の持っているカバンは魔界にあるとある遺跡から発掘されたもので、小さいながらも恐ろしい程の収納力を誇っていた。こうしてお土産をツケで買いまくる時には、たいへん重宝するもので、彼が特に愛用しているものの一つだった。


「しかし、店のヤツらは俺に寛大だが、宿のヤツらは碌なやつがおらんな」


 当然ながら、彼の飛行速度では一日で王都までたどり着くことは難しい。しかも、あちこち寄り道しているため、おそらく三日はかかるだろう。だが、店では利いたツケも、宿には通用しなかった。ツケで払うと言っているのに、容赦なく追い出してくるのである。


 仕方なく、彼は野宿をすることにした。元々、魔界では野宿をすることが多かったおかげで、彼のカバンにはテントが常備されていた。小高い丘の上で、街の明かりを見下ろしながら、一人テントで寝泊まりすると、さすがの彼も寂しさを感じずにはいられなかった。


「くそっ、俺がこうして一人寂しく寝泊まりしている間にも、人間どもは暖かい家の中で寛いでいるんだろうな。くそぉぉ、やはり王国は滅ぼさねばならぬようだな」


 そして、魔王は決意を新たにして、明日へと備えるのであった。



 翌朝、魔王は日が昇り始めるくらいの時間に目を覚ますと、朝の支度を始める。


「さて、今日も王都目指して進むか……」


 寂しい夜を過ごした後の重い体に鞭打って、彼は再び大空に舞い上がる。


「おっと、その前に街で腹ごしらえでもしていくか」


 彼は昨日一日で、宿はツケが使えないが、食堂はツケが使えることを学んでいた。魔王たるもの、常に学ぶ姿勢は欠かしてはいけないのである。


「また、あんたかい。出てってくんな」

「今日は入ってすぐに追い出された。何故だ」


 この時、魔王が入ったお店は、昨日ツケで食べたお店だったので、当然と言えば当然であったが、残念なことに魔王には、それを学習する機会がなかった。


「だが、いい。次の街でツケてしまえば良いのだ」


 ツケが使えないなら次に行けばいい。魔王たるもの、常に開拓する姿勢は欠かしてはいけないのである。


「ついに、王都が見えてきたぞ」


 王国中の街や村でツケ払いをしながら、王都を目指していた魔王は、ついに王都の目と鼻の先までやってきていた。

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