第七話 ハロウィーンに暗躍する魔王教③

「あれは……馬車じゃない?」


 それは猫車だった。もちろん猫が引いている訳でも、猫バスの言い間違いでもない。猫車を馬が引いているのだった。そして、その上には巨大な森の妖精(意味深)を彷彿とさせるような肉の塊が圧倒的な存在感を放っていた。


「マスター・ニート様の到着ぅぅ」


 御者の声が森に響き渡る。十人がかりで彼を馬車から降ろすと、彼が演説を始めた。


「皆の者、ご苦労であった。ボクたちは古文書の教えに従って、何度も魔界の封印を解く方法を試し続けてきた。ボクも何回にもわたって、弾力性を増やしてきたし、より高速に衝突できるように魔法の練習を続けてきた。それでも、これまで一度も成功に至っていない理由が最近の研究で明らかになったのだ。それは封印を解くのは時期が重要であると言うことだ。研究の成果によれば、今日はハロウィーンという魔界が最も近づく日だそうだ。ボクたちの努力が、これまで実を結ばなかったのは、魔界が遠かったからなのだ。魔界が最も近づく今日、ベストコンディションのボクが最強の風魔法の力で衝突すれば封印は容易に解けるのは明白である。諸君らは幸運にも、この偉大なる歴史の証言者となる。そして、我ら魔王教が世界の半分を支配するという歴史的快挙の開拓者となるのだ」

「「「うおぉぉぉぉ。マスター・ニート。ニート。ニートよ、永遠にッ」」」

 演説が終わった瞬間、一斉にニートコールが響き渡る。そのコールが僕にはとても苦痛を伴うものだった。

「ぷ、ぷくく、ニートよ、永遠にって……。何の冗談だよ……」


 必死で吹き出すのを堪えていたら、いよいよ彼が封印を壊すらしく、コールが止んだ。これ以上、続けられたら僕も持たなかったからギリギリという所だろう。ニートは方向転換をしてゲートの方に向き直ると、呪文を唱え始めた。


「偉大なる風よ、身にまといて翼となれ。その身は一筋の流星となり、音速を超えて空を駆け巡れ」


 呪文が終わった瞬間、彼の身体が浮かび上がり、もの凄いスピードでゲートにぶつかった。しかし、ポヨンという音と共に、あっさりと弾き飛ばされてしまった。先ほどまで期待に満ち溢れていた目は早くも諦めの色を映していた。


「ま、まだまだぁぁぁ」


 そう叫びながら、何度も何度も結界に体当たりする彼の姿は、ただのニートではなかった。


 僕は前の世界のイメージから、ニートって言うのは、社会に揉まれ、絶望し、全てを諦めた人だと思っていた。しかし、このニートは僕が考えていたニートとは違って、簡単に挫折するような人間ではないのだろう。その脂肪の塊のような身体も弛まざる努力の結果に違いないし、その巨体を浮かび上がらせて高速で飛ばすという魔法も、相当な苦労があったに違いなかった。


「くそぉぉぉぉぉ、何でダメなんだよぉぉぉぉぉ」


何度やっても封印を解くことができなくて、叫び声を上げるニートを憐れむような目で見つめる。チラリと隣を見ると、僕以外の子供も同じような目をしていた。


「あれが負け組ってヤツか……」


 思わず心の声を漏らしてしまった僕をニートが睨みつけてきた。


「くそ、くそぉぉ、ボクを笑うなぁぁぁぁ」


 何を言っているんだ、別に笑っていないじゃないか。だが、怒りに我を忘れたニートは僕に向かってもの凄いスピードで射出された。


「危ないッッ」


 そんな声が聞こえて、僕は斜め後ろから物凄い勢いで吹き飛ばされた。僕たちをつないでいた紐は、その勢いで一瞬のうちに千切れ飛び、僕だけが吹き飛ばされる形になった。そして、ゲートの方へと飛ばされた僕は封印に行く手を阻まれた。


 一瞬だけ風船のような抵抗感を感じた後、パリーンという音がして、地面に叩きつけられた。身体だけは丈夫な上に、先ほどの風船のようなもので勢いが衰えていたおかげで、幸いにもほとんど無傷だった。


 自分の無事を確認してから、振り返ると僕のいたところには代わりにファヴィが立っていて、ニートをはじき返していた


「き、貴様は何者だ」

「ふっ、我がお前に名乗る必要がどこにあると?」


 ファヴィから放たれた殺気に魔王教の男たちが怯む。その一瞬の隙を突いて、男の一人がニートに話しかけた。


「マスター・ニート。魔界のゲートにかかっていた封印が無くなっております」

「な、なんだと……。まさか……」

「全くユーリは……。あのメガネにまた説教食らうぞ」


 一斉に魔王教の男たちが尊敬のまなざしで、ファヴィが呆れたまなざしで僕を見た。そもそも、何で僕が封印を解いたことになっているのだろうか。古文書には『高い弾力性』が必要だと書いてあったはず……。そこで僕はハッとして、自分の二の腕、わき腹、胸、太ももをつまんでみた。ニートほどではないんだけど、明らかに脂肪が激増していた。ちなみに胸は全く変わっていなかった。


「何で、こんなに脂肪が付いてるんだよぉぉぉ」

「当然です。試食と称して毎日大量のお菓子を食べてましたし、その後も各地のお菓子を食べてましたし、その後、私たちが張り込みに行っている間も毎日お菓子を食べてましたし、さらに、ここでも毎日お菓子を食べていたんですよね。それは太って当然です」


 僕が絶望に打ちひしがれていると、追い打ちをかけるように、いつの間にか到着していたミーナが僕を責め立てる。言われてみれば、ここ一か月の間、毎日お菓子食べまくってたわ……。


「ミーナ……。ぼ……私はダイエットを頑張る。明日から……。だが、そのためにも僕にお菓子を与え続けた魔王教の野望は阻止しないといけないんだ」

「いやいや、もう封印無くなってるし、手遅れですよ」


 僕が憎き魔王教に怒りを燃やすも、ミーナが水を差す――どころか水をぶっかける勢いで責め立ててくる。ならばと、ファヴィの方を見てみたけど、彼も首を横に振るだけだった。さらにはニートを先頭に魔王教の連中が僕の前で跪いた。


「さすがでございます。魔界の巫女様」


 何を言ってるんだ、こいつらは。僕はタダの聖女だ。


「ただの聖女だから。魔界の巫女なんかじゃないぞ」

「いえいえ、あなた様が魔界の封印を解いたことが何よりの証拠でございます」

「これはタダの脂肪だから、巫女とか関係ないよ」


 そう、これはタダの脂肪とファヴィが原因なんだ。僕が悪いわけじゃない。


「何を仰いますか。タダの脂肪で封印が解けるなら、ボクでも解けたはずでございます」


 言われてみればそうだった。脂肪の量で言えば、ニートは僕よりも圧倒的に多いわけで、僕が解く前に解けていてもおかしくなかったはずだった。


「く、く、くそぉぉぉぉぅぅぅ」


 あまりにも理不尽な現実に耐えきれず、逃げようとしたところで、いつの間にかファヴィに肩を掴まれていた。


「どこに行くつもりだ。まったく、我が不在の間に勝手に行動して行方をくらますなど、どれだけ心配したと思っておるのだ。もうしばらくはお前のことを放せそうもないぞ」


そう言いながら、肩を掴んでいた手を放して、僕を後ろから抱きかかえた。


「巫女様を連れてはいかせん。既に封印は解かれたから、すぐに魔王様が顕現されるだろう。その時がお前の最期だ」


 そして、ゲートが光を放ち始め。その光の中から、黒い長髪をなびかせ黒い翼を持った男が現れた。


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