第七話 ハロウィーンに暗躍する魔王教②
「ちょっとの間だけ付き合ってくれよな。終わったら無事に帰してやるから」
「おいおい、嘘はいけねえな。終わるころには王国が残っていないかもしれねえんだぞ」
そう言って、男たちはテントを閉めて立ち去ってしまった。僕と違って、他の子供たちはだいぶ前に攫われてきたらしく、身体は衰弱こそしていないものの、精神的にはかなり追い詰められているように見えた。
「何? また新しい子が来たの?」
「僕たち、どうなっちゃうの?」
「帰りたいよぉ」
辛うじて体力が残っている子供は、僕が入ってきたことに少しだけ安心したような表情を浮かべる。もちろん、助かるからという訳じゃない、不安を共にする仲間が増えたことによるものだった。
「安心して、ぼ……私は聖女だよ。すぐに仲間たちが助けに来てくれるから」
「えっ、竜の聖女様?」
「しっ、それは言っちゃダメだよ。それがバレたら、みんな無事では済まないかもしれないからね。ぼ……私のことはユーリって呼んで」
「うん、わかった。ユーリの言うことに従う」
「ありがとう。これをあげるから、もう少し頑張って」
そう言って、僕は小腹が空いた時のために持ってきたお菓子をみんなに配る。甘いものを食べたおかげか、憔悴しきっていた子供も少しだけ落ち着いたように見えた。しかし、まさか魔王教の連中が子供たちを攫っていたとは予想外だった。ファヴィなら僕の気配を追って迎えに来てくれるかもしれない。でも、ここに結界が張られていたとすると、僕の気配を追ってくるのは難しくなる。
「最初から魔王教に狙いを絞っておけば良かったなぁ……」
よりにもよって、タイミングよく嫌がらせをしてきた貴族連中が犯人ではなかったとは予想外だった。これもヒッショーネ司教の依頼をサボったのが良くなかったのだろうか……。そんな後悔をしても既に手遅れだった。
「お前ら、外に出ろ」
僕たちは手足を縛られたロープの代わりに、隣の子と首と手を繋がれた状態で外に出される。一列に並べさせられた僕たちの前に三人の男たちが並び、真ん中の男が話し始めた。
「いいか、これから儀式の練習を始める。俺たちの指示に従って動くように」
そして、彼の右側に立っている男を少し離れた場所に立たせて指差した。
「いけ、と言ったら全員であの男を囲むんだ。そして、大声で『トリック・オア・トリィート』と叫ぶんだ。その時、手を前に出すのを忘れるなよ。まずは発声練習だ」
「トリック・オア・トリィート」「「「トリック・オア・トリィート」」」
「声が小さいっっ。もう一度だ。トリック・オア・トリィート」「「「トリック・オア・トリィート」」」
そう言って、僕たちは手を前に出した姿勢で、何度も「トリック・オア・トリィート」と叫ばされた。声が小さい子や気弱そうな子は、何度もどやされて目に涙を浮かべていた。それでも何度か叫ばせているうちに満足したのか、リーダーと思しき男が大きく頷いた。
「いいだろう。それじゃあ、今度はあの男を囲んでから同じようにするんだ。儀式の成功はお前たちにかかっているんだ。無事に帰りたかったら気合を入れろよ。それいけっ」
男の声に従って、別の男を取り囲んで同じように「トリック・オア・トリィート」と叫ぶ。不思議なことに、僕以外の子供は練習の時よりも明らかに気合が入っていた。
「よし、いいだろう。お前たち、お菓子を受け取ってテントに戻れ。だが、新しく入ってきたお前は気合が足りねえ。特訓するからお前だけ居残りな」
他のみんながお菓子を貰って、笑顔でテントに戻るのとは対照的に、僕はそのあと一時間以上も居残りで特訓をさせられた。そもそもハロウィーンって、僕の知る限りでは、こんな体育会系のイベントではなかったはずなんだけど……。そんな僕の心の声など伝わるはずもなく、特訓をさせられた僕はヘロヘロになりながら、お菓子を貰ってテントへと戻った。
ハロウィーンまでの日々は儀式の練習として毎日のように特訓させられる以外は三食おやつ付きという至れり尽くせりなものだった。それでも普通の子供は帰りたいという気持ちが強いらしく、練習でもそれが垣間見えた。そのおかげで、相対的に僕が気合が足りないように見えてしまうらしく、毎日居残り組になってしまった。
「さて、いよいよ今日が本番だ。まずは俺たちが、あそこにある魔界のゲートの封印を解く。その後で、ゲートから出てきた魔王を取り囲んで、「トリック・オア・トリィート」と思いっきり叫ぶんだ。そうしたら俺たちが交渉するから、その後は自由だ」
その言葉に安堵するものもいたが、相手が魔王だと聞いて不安な表情を浮かべる子も少なくなかった。そんな中、僕は大きな疑問を抱いていた。
「封印を解くって、どうやるんですか?」
「それは、俺たちが見つけた古文書に『魔界の封印は高い弾力性を持ったものが高速で衝突することで解除されるだろう』と書いてあったんだ」
「高い弾力性というのは……?」
「それは実際に見た方が早いだろうな。おっと、いらっしゃったみたいだぜ。お前らも一応は頭を下げておけ」
その言葉に僕は頭を下げつつも彼らの視線の先を見る。そこには奇妙な形をした馬車がこちらへ向かっているのが見えた。
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