第六話 チョコレート・ファンタジー③

 チラシは出来上がり次第、ファヴィ、エミル、アクアさんの三人で各地の菓子職人の下へと届けられる。ハロウィーンの主役はお菓子をねだる子供たちなので、子供連れの客を中心に、できれば子供に直接手渡すように伝えた。こういった地道な活動が功を奏し、数日後には馴染みがないはずのハロウィーンイベントの話題が王国中で聞かれるようになった。



「うーん、困ったなぁ……」


 僕はドラゴンテイルの領主の屋敷にある執務室で頭を抱えていた。ここ最近、王国中で子供たちが行方不明になる事件が頻発していたからである。ハロウィーンイベントの主役は何度も言うけど子供たちだ。だからこそ、子供を中心に宣伝を仕掛けてきたんだけど、こうなると僕たちを快く思わない貴族どもに「子供が行方不明になったのはハロウィーンの悪霊によって攫われたのだ」という根も葉もない噂を流されてしまった。その噂は恐ろしい速度で王国中に広まり、自粛ムードが漂い始めてしまった。


「ダメだな。噂の回りが早すぎて、みんな子供を外に出さないようにしてる」


 僕が頭を抱えていると、執務室にファヴィたちが入ってきた。彼らにはドラゴンテイルの街で聞き込みをしてもらっていたが、どうにも旗色が悪かった。


「……やはり、僕たちを快く思っていない貴族たちが怪しいと思うんだよね」


『竜の聖女』などと呼ばれてはいるが、もともと僕は平民扱いの異世界人である。そんな僕が爵位と領地を貰って、チョコレートを開発して大儲けしているのだから、それを気に入らないと考える貴族は絶対にいるハズだ。誘拐などという強硬手段にでていることからも分かる通り、隠すつもりはないらしい。


「それで、その貴族の所を襲撃すれば良いのか?」

「いやいや、こういう時、まず大事なのは証拠固めだよ。みんなには貴族の人たちが怪しい動きをしていないか見張っていて欲しいんだ。子供と言っても誘拐など行えば、不審な動きは何かしらあるはずだからね」

「なるほど、流石ユーリだな。わかった、調査は我らに任せておいてもらおう」

「言っておくけど、何があっても絶対に暴れちゃダメだからね。建物を壊したり、地形を変えたりする攻撃も絶対にダメだよ」


 僕は強めに釘を刺しておくことにしたが、それをファヴィは鼻で笑う。


「ふ、何を言うかと思えば、そんなの当然だろう。我を見くびるでない」


 そう言ってはいるけど、エミルに少し煽られただけで、ヤバい雰囲気になったことがあるくらいだからね。そう簡単に黒歴史は塗りつぶせないのだ。


「うーん、暇だなぁ」


 彼らを送り出した僕は絶賛退屈中だった。なぜなら、彼らと共に張り込みに行こうとしたら止められたからだ。


「何だよ、危ないからって……。僕だって張り込みぐらいできるのに……」


 机の上に置かれた張り込み用のアンパンと牛乳が哀愁を感じさせる。今もこうして手を付けないでいるのは、僕が張り込みに出ないように、アンパンと牛乳にファヴィが結界を張っているからだった。しかし、ここまでしなくてもファヴィがダメって言うなら勝手に張り込みに言ったりするわけがない。


「もう少し信用してくれても……。いや、僕もさっきファヴィのこと信用してなかったかぁ。情報を取りまとめる人も必要なのは間違いないし、素直に待ってるかなぁ」


 僕は机の上に置かれた大量のお菓子と紅茶を頂きながら、じっと彼らの持ってくる情報を待っていた。ボーっと窓の外を眺めていると、いつもと同じように街の人が忙しなく歩いているのが──いやいや、なんか不審者がたくさん歩いているんだけど……。何で誰もおかしいと思わないのか……。


「ちょっと、なんか外を怪しい人たちが歩いているみたいなんだけど……」


 張り込みに出かけているミーナの代わりに僕の世話をしてくれているスタッフの人に聞いてみる。もちろん女の子だ。男はファヴィが追い払っちゃうからね。


「ああ、それは団体の観光客ですよ。最初は怪しくて警戒していたんですけど、温泉に入ったり、お土産を買ったりしているだけなので、誰も警戒しなくなりましたね」

「へぇ、そうなんだ……。どこの団体なの?」

「えーと……。魔王教魔界研究同好会らしいですね。なんでも、ハロウィーンが近いとかで、魔界のゲートの調査に来たらしいですよ」


 言っていることの意味が理解できなかった。そもそも、ハロウィーンで魔界が近づくっていうのも僕がでっち上げた話だし、そもそもハロウィーンの日もイベントのために適当に決めたものだ。それを信じて研究のためにやってくるなんて……。だから同好会止まりなんだよ。それに……。


「もう一回団体名を教えて」

「魔王教魔界研究同好会ですよ」


 そう、魔王教だよ。色々あってすっかり忘れていたんだけど、僕たちがここにやってきたのは、ヒッショーネ司教に調査を依頼されたからだった。結果どころか、調査すらまともにしていなかったことに、今さらながら焦り出した。


「えっと、ちょっと外に出てきていい?」

「ダメですよ。張り込み禁止って言われてるじゃないですか」

「いやいや、張り込みなんてしないよ。実は、別件で調査を依頼されてて、それを忘れていたんだ。ほら、これが調査依頼書なんだけど。せめて酒場とかギルドで聞き込みしないと、司教様に怒られちゃうんだよぉ……」


 僕はできる限り憐れみを感じるような仕草で訴えかける。その姿に彼女も折れたのか大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁ。分かりました。決して危ないことはしないでくださいね」

「おっけーおっけー。ギルドと酒場で聞き込みするくらいだから大丈夫だって。何せ、ここはぼ……私の領地だからね」


 僕は動きやすい外行きの服に着替えながら、単なる聞き込みに行くだけだと主張する。そして着替え終わった瞬間、僕は屋敷から飛び出した。

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