第六話 チョコレート・ファンタジー②

「はい、出来上がり。ほら、食べてみて」


 僕は皿の上に乗ったチョコレートを差し出す。三人とも戸惑っていたけど、僕が真っ先に口に入れたことから、恐る恐るだけど口に入れていく。チョコレートが舌の上で溶けると、微かな苦みを伴う甘味が口の中に広がった。ホワイトチョコレートの方は苦みが無いけど、濃厚なコクと甘味があって、これはこれで美味しかった。


「これは、おいしいです……」

「何だ、これは……。こんなの食べたことないぞ」

「お、おいしい……」


 三人とも、あまりの美味しさに無我夢中で食べていた。皿の上にあったチョコレートはそれなりの数があったはずだけど一瞬で無くなってしまった。かねてより考えていた街の特産品だけど、この機械でチョコレートが作れるようになったのはとても大きい。なぜなら、この世界にはチョコレートの製法が確立されていないからだ。


「よし、これで特産品を作ろう」

「良いな、我も手伝うぞ」


 ファヴィが手伝うと言うと、それを追うようにミーナとエミルも快く手伝ってくれると言ってくれた。正直なところ、戦力にはあまりならないと思うけど、そう言ってくれることが、僕にとっては心強かった。


 その後、僕たちは街にいる菓子職人たちの協力を得て、チョコレートを使ったお菓子の試作を進めていった。材料はエミルとミーナに任せることにする。カカオや砂糖は王国の南の方にある暑い地域で手に入り、牛乳は隣の帝国北部の酪農地域で手に入るらしく、購入に際しての交渉はミーナに、移動とサポートをエミルにお願いした。


 二人の、特にエミルのやる気が凄まじく、材料の仕入れに関しては心配する必要はすぐに無くなった。僕たちは二人が仕入れてきた材料で、中心部をホワイトチョコレート、その周りを大きくブラックチョコレートでコーティングして、さらに周りを薄くマーブルチョコレートでコーティングした卵型のお菓子を作った。


「これは見た目も良いじゃないか」

「そうだな。口の中で二種類のチョコレートの味が楽しめるのは良いと思うぞ。でも、なぜ卵型なのだ?」

「ふっふっふ。温泉と言えば欠かしちゃいけないのが卵なんだよ」

「ふーむ、良く分からんな……。それで商品名は決まったのか?」

「もちろんだよ。黒竜山脈っていう山もあるし、『どらごんのたまご』って名前にしようと思うんだ。ファヴィもたくさん手伝ってくれたしね」

「ふふっ、そうだな。悪くない名前だ」


 こうして、僕たちはドラゴンテイルの特産品として、『どらごんのたまご』という商品の発売までこぎつけた。名前のインパクトもさることながら、珍しいチョコレートというお菓子と言うこともあって、温泉に訪れる観光客を中心に飛ぶように売れた。そのことを一番喜んでいたのはエミルだろう。なぜなら材料を仕入れるために、ミーナといる時間が増えるからだ。清々しいまでに欲望に忠実な竜である。


 発売の翌日、僕とファヴィはミーナとエミル、そしてアクアさんと一緒にお茶会をしていた。もちろん、『りゅうのたまご』のお披露目も兼ねたお茶会である。しかし、テーブルの上に並んだお菓子はそれだけじゃなかった。


『りゅうのたまご』の完成後に、僕たちはチョコレートを王国内の菓子職人たちに卸したりもしたんだけど、そのおかげで王国内でも色々なチョコレート菓子が作られるようになった。


 そう……。テーブルの上に並んでるのは、そのお礼として、試供品という名目で王国中から送られてきたものだった。


 それで、今日はそれらも一緒に出して、みんなで食べ比べをしてみようっていう話にもなっていた。


「うわぁ、いろんなチョコレートが並んでますねっ」

「これは壮観だな。これなんか中に木の実が入っているぞ」

「こっちは中に干し肉が入っている……」


 他の人たちにとっては珍しいチョコレートがたくさんあるようで、みんな楽しそうにしているけど、流石に卸してから数日では、そこまで独創性のあるものは無く、僕にとっては見たとのあるチョコレートがほとんどだった。


 でも、いくら考えつかないからって干し肉をチョコでコーティングするのはどうかと思うんだけど……。だが竜だからなのか、意外にもエミルやファヴィには好評だった。……いや、そうでもないな。ミーナは当然として、アクアさんも食べて首を傾げているし。ファヴィたちが特殊なんだろう。そう思いながら、僕も干し肉チョコを食べてみた。


 ……意外と美味しいじゃないか。干し肉の塩味とチョコの甘味と滑らかさ、そしてほんのりと感じる苦みが絶妙にマッチしている。よくよく考えてみたらポテトチップスにチョコをかけた商品もあったくらいだし、全く合わないわけではないようだ。他にも砕いたチョコクッキーをチョコでまとめたお菓子もあって、本当に短い期間で良く作れるなぁ、なんて感心してしまう。


「いやぁ、思ったより食べすぎちゃったよ」

「どれも美味しかったですからね。干し肉チョコだけはダメでしたけど」

「なんと、あれが一番良かったじゃないか。分かってないな」


 みんな口々にお菓子を賞賛していたので、お茶会は成功だったかなぁ。どれも美味しかったし……。まあ、僕は試食でも結構食べていたし、しばらくチョコは良いかなぁ。あとは何かお菓子に関連したイベントとかでもできれば……。


「そうだ、ハロウィーンをしよう」


 唐突なハロウィーンに全員がポカンとしていた。まあ、こっちの世界にはハロウィーンなんて無いし、仕方ないよね。


「ハロウィーンって言うのは、お化け、いや獣人? 魔物? のコスプレをした人が家を回ってお菓子を要求するイベントだよ」

「でも、そんな事したら、本当の魔物だと思われて攻撃されません?」


 確かに言われてみればそうだった。こっちの世界は野蛮な人が多いなぁ。まあ、コスプレは無しにしてもいいかな。


「まあ、コスプレはなくてもいいね。チョコレートを広める作戦の一環だから、子供たちがお菓子を貰いにいくイベントってことにしよう。彼らが集団で大人を取り囲んで『トリックオアトリート』って言うんだ。それで、お菓子をあげるようにすれば、安全になるんじゃないかな?」

「だが、お菓子貰えるとは限らないのではないか?」

「その時は、大人にみんなでイタズラするんだよ。そうすれば大人はイヤでもお菓子を用意するハズだ」

「そんな上手くいきますかね……」


 ミーナだけは不安そうな表情を浮かべていたけど、竜の三人は面白そうだと言ってくれたので、二週間後を今年のハロウィーンの日に設定して、広告を手配する。


 ストーリーとしては、ハロウィーンの日には魔界が一年で一番近くなって、悪霊が子供たちに憑依してお菓子を要求してくるので、お菓子をあげて悪霊をなだめる必要がある、ということにした。元々のハロウィーンとは全然違うものになってしまったが、僕たちとしてはお菓子が売れれば成功なので、何の問題もないだろう。


 僕はハロウィーンについて適当にまとめたチラシをミーナと協力して作成した。元々、この世界の人間でない僕には、安易に魔界という言葉を使っていいのかどうか分からなかった。そのことをミーナに確認してみたんだけど、このような使い方であれば問題ないとのことだった。


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